サングラスをかけているのが焼き菓子店「松之助」のオーナー、平野顕子さん(写真提供:主婦の友社)
京都に本店、東京・代官山に姉妹店をもつアメリカの伝統焼き菓子のお店「松之助」。なかでも“アップルパイ”は、「松之助」の看板商品で、取り扱いのある「DEAN & DELUCA」でも殿堂入りの人気商品となっています。 そんな「松之助」のオーナー、平野顕子さんは、子育てがひと段落した45歳で離婚。アメリカ留学をしたのち料理の道へ進み、女性実業家へ転身。60代後半にひとまわり以上年下のアメリカ人と再婚するなど、紆余曲折の人生を歩んでいます。現在70代となった平野さんですが、常にここまで「心の声」に従って決断してきたそうで――

「それ、それ、それよ!」

私の仕事は料理研究家です。

京都と東京にアップルパイとアメリカンベーキングの教室と店舗をもち、京都にある本店は21年、東京の代官山店は18年が経ちました。夢中で走り続け、多くの人に助けられながら、もうこんなに長い年月が経ったのですね。

60歳を過ぎて、念願だったニューヨーク・マンハッタン店をオープンしましたが、なかなか利益が出ず、涙をのんで2年で撤退。現在は日本とアメリカをおよそ3か月のスパンで行ったり来たりする生活を送り、日本に帰ってきたら、今でも京都と東京でレッスンを続けています。「心意気がある限り、やり続ける」と決めているんです。

アップルパイとアメリカンベーキングとの縁がつながったのは、45歳で離婚したのち、47歳から始めた2年3か月のアメリカ留学中でした。

帰国後は何をして暮らしを立てていこうかと、ずっと頭を悩ませていました。漠然と「翻訳や通訳の仕事かな」と考えていたけれど、バイリンガルの人とは差がありすぎるし、果たして私の英語が使いものになるかどうか。

おそらく英語を仕事にして自立するのは難しいだろう。親しくなったコネチカット州立大学の英文学のアナ・チャーターズ教授にそんな話をしていたら、「日本でアメリカンケーキは、まだ知られていないでしょう。ケーキ作りを習得して帰ったら? ただし、アメリカンケーキではインパクトがないから、伝統的なニューイングランドのケーキと称するといいんじゃないかしら」とアドバイスされました。

「それ、それ、それよ!」と。そのメッセージは稲妻のような鋭さと猛スピードで腑に落ちて、頭から離れなくなりました。