2021年10月から、吉田篤弘さんによるweb書き下ろしの掌編小説連載がスタートしました。

2023年に創刊50周年を迎える〈中公文庫〉発の連載企画です。物語は毎回読み切り。日常を離れ、心にあかりを灯すささやかな物語をお楽しみください

「著者プロフィール」

吉田篤弘 よしだ・あつひろ

1962年東京生まれ。小説を執筆するかたわら、「クラフト・エヴィング商會」名義による著作と装幀の仕事を続けている。著作に『つむじ風食堂の夜』『それからはスープのことばかり考えて暮らした』『レインコートを着た犬』『おるもすと』『天使も怪物も眠る夜』『月とコーヒー』『それでも世界は回っている』『屋根裏のチェリー』『ソラシド』など多数

第6話

「神さまの妹」

 

「小さなケーキをつくりなさい」と言ったのはモーリでした。モーリは町のはずれに小さな店を構え、小さなケーキを少しだけつくって身を立てていました。知る人ぞ知る、という言い方がありますが、モーリの店はほとんど知る人のいない店であったかもしれません。

 いずれにしても、すでにモーリは生きている時間のおしまいを迎えて、この世からいなくなり、モーリの友人の弟の友人の弟であったオンジャという青年が店を引き継いでケーキをこしらえていました。師匠であったモーリから教わった小さなケーキです。

 一年のしめくくりが近づいてきて、七色の電飾が町をいろどり、にぎやかな声が通りを行き交っていました。そんな華やかさから離れたところに店はあり、それでもその日ばかりは、午前中でケーキはあらかた売り切れてしまいました。小さな店の小さなショーケースの中に、つややかな苺がのった小さなショートケーキがひとつだけ残されています。

 

「ああ、よかった」

 その日、最後のお客さまが息せき切ってあらわれました。

「最後のひとつなんですね」

 白い息を吐きながら目を輝かせている彼女は、これまでに何度かケーキを買いに来たことがあります。あらかじめ予約をして買いに来たこともあり、そのとき彼女は、自らを「カカ」と名乗りました。

「その、最後のひとつをわたしにください」

 カカは目を輝かせたまま笑みを浮かべました。

「ありがとうございます」

 オンジャも笑顔で応え、慎重な手つきでケーキを小さな白い箱に収めました。

「ドライアイスを入れましょうか」

「いいえ」とカカは首を振りました。「兄の職場はそんなに遠くないので」

「お兄さん?」

「ええ。明日は兄の誕生日なんです。あの有名な神さまと一緒で──いえ、それだけじゃないんです、兄の名前は本当にカミなんです」

 カカがときどきおかしなことを口走るのをオンジャは知っていました。小さな店ではありますが、何人かの常連客がいて、皆さんが町の人々の噂をオンジャに吹き込むのです。

「あの娘はね」──カカに関する噂を常連の誰かと誰かと誰かから聞いていました。「あの娘は、お兄さんと二人で暮らしているの。少し──というか、だいぶ変わった娘よ」

「自分で歌をつくって、ギターを弾きながら歌う仕事をしているとか。でも、歌っているところを見たことがないでしょう?」

「いつも夢を見ているような娘だよ」「おかしなことばかり言ってる」「わたしは神さまの妹です──とか何とか」