強いものを欲するということは、同じだけ傷ついている

たぶんこれと同じことが、買い物においても言えるのではないか、と私は思う。

みんながみんな、毎食とてもおいしいものを食べられていないのと同じように、私たちは普段、百貨店に行っても、毎回満足した買い物ができるとは限らない。予算が足りないこともあれば、ぴったりな商品が見つからないこともある。

しかしフィクションのなかで、楽しく自分の欲望――NIMAさんだったら「強いものを買いたい」――を豪快に満たしているところを見ると、なんだか読んでいるこちら側も、楽しくなってくる。そもそも買い物自体が面白く見えるし、なにより、自分も楽しく買い物がしたくなってくる。完全にグルメ漫画と同じ構造である。

人が欲望を楽しく満たしているさまを見るのは、そもそも、どこか、面白いのだろう。

そしてグルメ漫画だと、キャラクターが食べているものの情報がちゃんと精緻に載せられていることが重要になってくるけれど。買い物も同じだ。自分は買うことがないとしても、ただの「高いスーツ」じゃなくて「シャネルのスーツ」と言われたほうが、読者は俄然、テンションが上がる。

本書のなかで、NIMAさんがどうしてこんなに「強いもの」を買いたがっているのか、その真相が明かされる。静緒はその騒動に関わることになるのだが、こういう「強いもの」を買っているシーンがちゃんとあるだけで、逆にその騒動によるNIMAさんにとっての心の負担もわかるというものなのだ。つまり、これだけ強いものを欲するということは、それと同じだけ、傷ついてるわけだから。