来る2023年、中公文庫は創刊50周年を迎えます。その記念プレ企画として、本連載では「50歳からのおすすめ本」を著名人の方に伺っていきます。「人生100年時代」において、50歳は折り返し地点。中公文庫も、次の50年へ――。50歳からの新たなスタートを支え、生き方のヒントをくれる一冊とは? 第7回は、女優の大竹しのぶさんに伺います。

大竹しのぶ(おおたけ・しのぶ)

女優。
1957年東京都生まれ。74年「ボクは女学生」の一般公募でドラマ出演。75年 映画「青春の門 ―筑豊編―」ヒロイン役で本格的デビュー。同年、NHKの連続テレビ小説「水色の時」に出演し、国民的ヒロインとなる。以後、映画、舞台、TVドラマ、コンサート等、幅広いジャンルで活躍。2011年に紫綬褒章受章。2022年は、主演舞台「ピアフ」が再演(2月24日~3月18日シアタークリエ 演出:栗山民也)される。近著に『母との食卓――まあいいか3』(幻冬舎)がある。

憧れのキンダーブック

本との出会いについて考えてみました。私が最初に手にした本は一体何だっただろうかと。ふと、ある光景が浮かんできたのです。それは、絵本袋に入っていたキンダーブック。

まだ私が5、6歳の頃のこと。当時、逼迫した我が家の経済状態では、子供達(私は5人兄妹です)を幼稚園に通わせる余裕はなかったはずなのに、何故か、何ヶ月間だけ通ったことがあったのです。母が働いていた関係で遊びに行くという感じで、まあいわゆる「潜り」というのか、つまりお金を払わずに体験させてもらった期間がありました。月に一度、園児は絵本を先生からもらいます。それを絵本袋に入れ、みんなが持ち帰る姿を私はただ羨ましく見ているだけでした。

そう、その憧れのキンダーブックを当然、私は貰うことはできません。
キンダーブックはどんな世界なんだろう、どんなお話が載っているのか、空想するしかありませんでした。

ところがある日のこと。先生が「今月は、しのぶちゃんにあげるね」と、そっと渡してくださったのです。ドキドキしながらページを開き、そのカラフルな色合いに驚いたこと、夢の世界に入ったような気持ちで枕元において眠ったことを覚えています。
まだ文字も読めなかったはずなのに、ページをめくる喜びを知ったあの日が、私と本との出会いだったのかもしれません。

本を読む父の姿

そんな私の父は、毎年自分の誕生日に、5人の子供たちに本をプレゼントしてくれていました。プレゼントを貰う側なのに、それを楽しみにして本を与えてくれていたのです。それぞれの年代に合う本を選び、その時の子供たちに必要だと思う言葉を添えて。

例えば、
――若くして求めれば、老いて豊かなり。ゲーテ―― 満何歳になった父より
と最初のページに書かれ、それは、私が20歳になるまで、つまり父が亡くなるまで続いていました。浜田広介さんの『泣いた赤おに』から始まり、『あしながおじさん』『ビルマの竪琴』『銀の匙』、最後は山本周五郎の『つゆのひぬま』でした。

私たちは毎朝毎晩、本を読む父の姿を見て育ちました。「お父さんは、何も持ってないけど、君たちに遺せるとしたらこの本くらいかなあ」とよく言っていました。それも別に全集などという立派なものではなく、薄給の中でコツコツ買い貯めていた文庫本です。私は本を読む父の姿が好きでした。小さな本棚にびっしりと並んだ中から、ヒルティの『幸福論』や『眠られぬ夜のために』を分からないままに、時々読んでいました。ヘルマン・ヘッセを知ったのも父の本棚からでした。