再読したときの不思議な感覚

父が亡くなった後、「私が、お父さんが遺してくれた本を全部読む」と言って引き取っていたのに。仕事に、子育てに、追われるうちに少しずつ本を読む習慣から遠ざかってしまっていました。

20代の前半に読んだ加賀乙彦さんの『宣告』は主人公の死刑囚の刑がいよいよ執行されてしまうと思うと、その先を読み続けることができず、二日ほど時間が掛かったことを覚えています。『生きている心臓』もそうでした。ページをめくる時のあのドキドキする感覚や、ページが少なくなって読み終わってしまうのが悲しくなってしまうようなあの喜び。言葉を通して、世界も時空も超えてそこに自分がまるで立っているような、覗き込んでしまったあの喜びをまた思い出さなくてはと思っていた時、井上ひさしさんの『十二人の手紙』に再び巡り合いました。

20代の最初の頃に読んだことがあったこの作品をたまたま朗読する機会があり、読み返してみたのです。と不思議な感覚に。読んでいた自分の部屋が、その時の自分がはっきりと浮かび、あの時どんなことを考えていたかさえも分かるような感覚でした。そして本を読み返していくと、ここで胸がざわついたこと、今だからやっと理解できることや、はたまた、井上さんにはこんな面もあったのだと発見があったりして、それはそれは楽しい時間になりました。

電子ブックももちろん便利ですが、やはり、本は本棚にあの時の自分と共にしまい込み、時々そっと出してあげると、生きてきた時間はなかなか捨てたもんじゃないなという気になれます。本とはそういうものなのです。

もう50年以上前に父が買った本を久しぶりに開いてみようと思います。

『十二人の手紙』井上ひさし 著(中公文庫)
 
キャバレーのホステスになった修道女の身も心もボロボロの手紙、上京して主人の毒牙にかかった家出少女が弟に送る手紙――。ラブレター、礼状、公式文書、メモ......、「手紙」だけが物語る笑いと哀しみがいっぱいの12の人生ドラマ。
 

web中公文庫はこちら