『婦人公論』2021年7月13日号から連載がはじまった、重松清さんの小説『うつせみ八景』。
発売中の最新号を除く全編を掲載します。

「前回までのあらすじ」

出向先の「タマエス」で空き家のメンテナンスや新規事業に携わる水原孝夫。長年の介護から解放された妻と、戦隊ヒーロー出身の俳優の息子と3人で暮らす。ある日、同期の柳沢広報部長に頼まれ、ウェブメディアの記者・西条真知子から取材を受けることになった

「著者プロフィール」

重松清 しげまつ・きよし

1963年岡山県生まれ。99年『ナイフ』で坪田譲治文学賞、同年『エイジ』で山本周五郎賞、2001年『ビタミンF』で直木賞、10年『十字架』で吉川英治文学賞、14年『ゼツメツ少年』で毎日出版文化賞を受賞。近刊に『ひこばえ』『ハレルヤ!』など。20年7月に『ステップ』が映画化された(飯塚健監督・山田孝之主演)

第三景

「空き家には悪だくみがよく似合う?(2)」

 翌日、マッチは朝イチで柳やなぎ沢さわ広報部長に石神井(しゃくじい)晃(あきら)へのインタビューの報告をした。
 フリーライターの職業倫理としては、活字になる前の取材内容を同業他社の柳沢に漏らすのは御法度だった。マッチにもよくわかっている。けれど、それ以上にショックのほうが大きい。取材前に柳沢から「ミズちゃんには黙ってろよ」と釘を刺されていなければ、ゆうべのうちに水原(みずはら)孝夫(たかお) に直接連絡を取っていたところだ。
 話を聞いた柳沢も、腕組みをして天を仰ぎ、大きく嘆息した。濁点付きの「あ」と「う」と「お」入り交じったような響きのうめき声がしばらく続き、ようやくマッチに目を戻したときには、もともと八の字の眉がさらに下がって、心底困り果てた顔になっていた。
 ただし、さほど驚いてはいない。思いも寄らなかった事態ではなく、むしろ想定の範囲内というか、予想していた中で最悪のコースをたどってしまったというか……。 「意外とびっくりしないんですね」
 マッチが訊くと、「あたりまえだ」と忌々(いまいま)しげにうなずく。「石神井晃がからんだら、結局はこういうことになるんだ」
 こういうこと──すなわち、『もがりの家』。
「どんなに耳当たりのいい屁理屈を並べ立てても、要は死体置き場だ」
 吐き捨てるように言った。「遺体」を「死体」と言い換えるだけで、たちまち血なまぐさくなってしまう。
「どうせろくなことにはならないと思っていたけど、よりによって『もがりの家』とはなあ」
「あのー……一つ、いいですか?」
 マッチはおずおずと手を挙げて質問をした。
「あの家、やっぱり水原さんの──」
「カミさんの実家だ。去年の暮れにおばあさんが亡くなって空き家になってる」
「水原さんの奥さん、きょうだいは?」
「兄貴がいる」
「遠くに住んでるんですか?」
「いや、同じ横浜だ」
「じゃあ、なんで──」
 実家が空き家に、と続けかけて、口をつぐんだ。ズブの素人でも三週間も密着取材をしていれば、空き家が生まれる事情の複雑さはわかる。それこそ空き家の数だけ家族があり、家族の数だけ事情があるのだ。