イラスト:MARUU
阿川佐和子さんが『婦人公論』で好評連載中のエッセイ「見上げれば三日月」。美容院へ行くつもりだったが、衝動的にハサミをつかみ、自分で髪の毛を切ってしまったという阿川さん。長い髪だったお母さんが突然ショートカットにしてきた日のことを、ふと思い出し――。

※本記事は『婦人公論』2021年12月14日号に掲載されたものです

髪の毛を切った。自分で切った。今回こそ美容院へ行ってプロの技に委ねるつもりだったが、衝動的にハサミをつかんでバッサリといってしまった。

バッサリといってもほんの十センチほどのことであり、切り落とした髪の毛を商人に売って夫のクリスマスプレゼントの資金に回せるような長さではない。「賢者の贈り物」にはほど遠い。とはいえ、これほどの長さを一気に切るのはほぼ三十年ぶりだったので、私にとってはちょっとした大事であった。

長年、ショートヘアで通してきた。ショートの範疇において、ときどきパーマをかけたり短めにしたりと、ささやかな変化はつけていたものの、ショートカットに変わりはなかった。その間、前髪や襟足や耳の後ろあたりに伸びてくる余分な髪の毛を自らハサミを使って微調整していたのである。

美容院が嫌いなわけではない。ただ、美容院へ行ってカット、白髪染め、パーマなどの工程をすべてクリアしようと思うとどうしても三時間近くを要することになる。仕事と親の介護が重なった時期に、それだけの時間を捻出しにくくなり、さて困ったと思って鏡の前に立ち、なんとなく自分で切ってごまかすうち、それがしだいに習慣となった。もはや習慣を通り越し、趣味と化した。

セルフカットについては以前にも書いたので詳細は省くが、そんな具合に自分でカットしていたにもかかわらず、ふと、伸ばしてみようかという気になった。切る頻度を落とし、毛先を揃える程度にするうち、だんだんボブスタイルに近づいた。そんな頃、演じる仕事が舞い込んで、

「髪の毛は長めのほうが望ましい」

監督にそう言われ、これも一つのチャンスと思い、そのままさらに伸ばすうち、肩に届くほどの長さになったのだ。