2021年10月から、吉田篤弘さんによるweb書き下ろしの掌編小説連載がスタートしました。

2023年に創刊50周年を迎える〈中公文庫〉発の連載企画です。物語は毎回読み切り。日常を離れ、心にあかりを灯すささやかな物語をお楽しみください

「著者プロフィール」

吉田篤弘 よしだ・あつひろ

1962年東京生まれ。小説を執筆するかたわら、「クラフト・エヴィング商會」名義による著作と装幀の仕事を続けている。著作に『つむじ風食堂の夜』『それからはスープのことばかり考えて暮らした』『レインコートを着た犬』『おるもすと』『天使も怪物も眠る夜』『月とコーヒー』『それでも世界は回っている』『屋根裏のチェリー』『ソラシド』など多数

第7話

「眼鏡の二人」

        

 

「おかしいな」
 そうつぶやきながら、夫のOは何かを探しています。
「たしかに、ここに置いたはずなんだけど──」
「また、失くしたの? 眼鏡」
 妻のTは自分の眼鏡をかけなおし、夫が眼鏡をかけていないのを確認しました。
「これでもう何度目?」
「いや、もう二度と失くさないようにと思ってさ、眼鏡をはずすときは必ずここに置くって決めてたんだけど」
「ここって?」
「いや、だから、ここだよ──よく見えないけど」
「あなた、よく見えないどころか、ほとんど見えてないんじゃない? 眼鏡をはずしたら、どのくらいなの?」
「どのくらいって?」
「視力よ。どのくらい見えてる? わたしの顔は見えてるの?」
「──」
「見えてないのね。ていうか、もしかして、まったく見えてない?」
「いや、まったくってことはないけど──」
「じゃあ、わたしはいま、笑顔? それとも泣き顔?」
「え? それは──そうだね──笑顔じゃないかな」
「正解は、怒った顔でした」
「え、どうして? なんで怒ってるわけ?」
「だって、あなた、家にいるときは、ほとんど眼鏡をはずしてるでしょ」
「そうだっけ?」
「眼鏡をかけるのはテレビを見るときだけじゃない? まぁ、家にいるときは、テレビを見たり本を読んでることが多いけど」
「そうだよ。だから、基本的にはかけてるんじゃないかな。ただ、そうじゃないときは目を休めたいんで、はずしてるかもしれないけど」
「じゃあ、その『そうじゃないとき』って、どういうときなの?」
「そうね──なんだろう?──テレビを見てないときかな」
「それってつまり、わたしと台所のテーブルでお茶を飲みながら話してるときじゃない?」
「ああ──うん、そういうことになるのかな」
「じゃあ、あなたは一体、いつ、わたしの顔を見てるの」