2021年10月から、吉田篤弘さんによるweb書き下ろしの掌編小説連載がスタートしました。

2023年に創刊50周年を迎える〈中公文庫〉発の連載企画です。物語は毎回読み切り。日常を離れ、心にあかりを灯すささやかな物語をお楽しみください

「著者プロフィール」

吉田篤弘 よしだ・あつひろ

1962年東京生まれ。小説を執筆するかたわら、「クラフト・エヴィング商會」名義による著作と装幀の仕事を続けている。著作に『つむじ風食堂の夜』『それからはスープのことばかり考えて暮らした』『レインコートを着た犬』『おるもすと』『天使も怪物も眠る夜』『月とコーヒー』『それでも世界は回っている』『屋根裏のチェリー』『ソラシド』など多数

第8話

「盤上遊戯」

 都より東に望むコウテイ山の中腹にカイルの工房はあります。
 弟子として工房に身を置くソーマは、工房が代々引き継いできた〈玉石づくり〉に心を奪われ、その職人になるのを目指して修業をつづけていました。
 いにしえの書物によれば、この深山には魑魅魍魎が棲息すると伝えられ、いつからか、人間の暮らすところではないとみなされてきました。しかしながら、玉石のもとになる原石はこの山にしか見られず、このようなところで磨かれるからこそ、戦いの盤上で映えるのだと、これもまた、いにしえより伝えられてきました。
 玉石が打たれる遊戯盤は都の中枢でつくられ、盤に刻まれた縦横に交わる細い線は都の街路そのものでした。人と人とが遊戯盤を挟んで向き合うことで戦いが始まるのですから、人が交わる都でつくられるのは当然であるかもしれません。
 一方、遊戯盤が都の街路に則ってつくられている以上、おのずと対戦する者を東と西に分かち、盤上に並ぶ黒と白の玉石もまた、同様に対峙することになります。実際、玉石のもとになる黒い石は東のコウテイ山の巌に宿され、白い石はといえば、西のサオウ山の山中に流れる名もない川の水底に眠っていました。
 すなわち、都の盤上で交わされる勝負は、人と人との知恵くらべにとどまらず、それぞれの玉石を産む「巌」と「水」の戦いでもありました。巌は水をせきとめる力を誇りますが、水はときに巌を穿つ力を持ち得ます。
 こうした事情を背景に、ソーマの師匠であるカイルは、この特別な盤上遊戯のために、黒い石を磨いては宮殿に献上していました。
 黒い玉石だけをつくっているのです。
 無論、対をなす白い玉石も献上をもとめられ、こちらは西のサオウ山に工房を構えるスランと彼の弟子によって、つくられていました。
奇妙なことに、黒い石をつくっているカイルとソーマは西の彼らがどのように石を磨いているのか知りません。そればかりか、完成した彼らの白い玉石がどのような出来栄えであるかも知らないのです。