イギリス在住のブレイディみかこさんが『婦人公論』で連載している好評エッセイ「転がる珠玉のように」。今回は「検査キットを求めて三千里」。連合いが院内感染でコロナに感染。私と息子も感染し、無料検査キットを探す旅が始まる――(絵=平松麻)

無料のコロナ検査キットに群がる人々

連合いががんで入院した。13年ぶり、2度目である。しかし今回のほうが大変だ。コロナ禍での入院になってしまったからである。

案の定、初週から院内感染が起きた。しかも、肺に腫瘍ができている連合いもコロナにかかり、呼吸困難に陥った。いわゆる重篤化というやつである。どうにか危険な状態を脱したと思ったら、面会時にもらったのか、わたしと息子までコロナにかかった。2021年の暮れは、けっこう壮絶であった。

「俺の運を考えれば、この程度では終わらん。来年はさらにひどい年になる」

連合いは苦々しい顔で不吉なことを言っていたが、わたしはもう、自分がコロナにかかったあたりで、じめじめした気分は吹っ飛んだ。むかし、日本の伊藤野枝は「吹けよあれよ風よあらしよ」と言った。ブライトンのわたしは「BRING IT ON」である。かかってきやがれ。なんてことを思ってしまったせいか、早くもハードルが現れた。

オミクロン株感染拡大の局面で、ジョンソン首相がコロナ感染者の隔離期間の短縮を発表したため、家庭用コロナ検査キットが英国全土で不足するという事態が勃発したのである。12月の中旬まで、英国ではコロナに感染した人は10日間の隔離を義務づけられていた。が、あまりにもオミクロン株にかかる人が多いため、そんなことでは経済が回らないと思ったのか、政府はこれを7日間に短縮し、さらには自宅でコロナ検査をやって陰性になったら、たとえ7日に満たなくても勝手に隔離を終了してもよいことにしたのである。

このため、政府が無料でコロナ検査キットを配布している薬局や図書館などに人々が押し寄せ、家族や友人の隔離を短縮するため、また、自分がコロナにかかったときのためにと奪い合うようになった。これまでは街でボランティアが配っていてももらわない人がたくさんいたのに、みんなが一斉にキットを求め始めたのである。おかげでこれらの場所から検査キットがなくなり、国内での製造も輸入も追いつかず、そのままクリスマス休暇に突入するという非常事態になった。

わたしと息子はまだ10日間の隔離が必要な頃にコロナにかかったので、おとなしくその期間は閉じこもった。だからいまさら検査キットは必要ない。が、病院にいる連合いと面会するためには、毎回事前にキットで検査して陰性を確認しなければいけない。