2021年10月から、吉田篤弘さんによるweb書き下ろしの掌編小説連載がスタートしました。

2023年に創刊50周年を迎える〈中公文庫〉発の連載企画です。物語は毎回読み切り。日常を離れ、心にあかりを灯すささやかな物語をお楽しみください

「著者プロフィール」

吉田篤弘 よしだ・あつひろ

1962年東京生まれ。小説を執筆するかたわら、「クラフト・エヴィング商會」名義による著作と装幀の仕事を続けている。著作に『つむじ風食堂の夜』『それからはスープのことばかり考えて暮らした』『レインコートを着た犬』『おるもすと』『天使も怪物も眠る夜』『月とコーヒー』『それでも世界は回っている』『屋根裏のチェリー』『ソラシド』など多数

第9話

「ミミズクの手紙」

 
 手紙を買う男がいたのです。
 ミミズク、と皆から呼ばれている男で、なぜ彼が手紙を買い集めるようになったかと言うと──、
「彼は買うだけじゃない。売っているんだ」
 誰もが知っていました。
「たいした儲けにはならないけれど、ミミズクはバタつきのパンが食べたいから、小金が欲しいんだろう」
 バタつきのパンは、町なかの広い空き地にあらわれる「組み立て式コーヒー屋台」で売られていました。
 くるぶしまで隠れるビロードのスカートを履いた女が、自分の痩せた体より大きなスーツケースを引いて空き地にあらわれ、ケースの中からいくつものパーツを取り出して、素早くコーヒーを売る屋台を組み上げるのです。
 女は皆から、ロースターと呼ばれていました。
 代々、コーヒー豆を焙煎する店を営んでいたのですが、町が町のかたちを失って、ロースターも店を失い、雑草が生い茂る空き地に屋台をひらいてコーヒーを売るようになりました。
 煎った豆を売るだけではなく、その場でコーヒーをいれて、湯気の立つ一杯を朝刊と同じ値で売りました。のみならず、一緒にバタつきのパンを店さきに並べたのです。
 人気がありました。
 手ごろな値段のコーヒーもよく出ましたが、コーヒーをもとめる客の大半が、バタつきのパンをもとめました。
 火にかけた黒々とした鉄板の上で、ぶあつく切った食パンを焼き、こんがりと焼き上がったところへ黄色いバターを塗って、じゃりじゃりした砂糖をかけます。これを半透明の蝋引き紙で包み、何も言わずにロースターは客に差し出しました。