2021年10月から、吉田篤弘さんによるweb書き下ろしの掌編小説連載がスタートしました。

2023年に創刊50周年を迎える〈中公文庫〉発の連載企画です。物語は毎回読み切り。日常を離れ、心にあかりを灯すささやかな物語をお楽しみください

「著者プロフィール」

吉田篤弘 よしだ・あつひろ

1962年東京生まれ。小説を執筆するかたわら、「クラフト・エヴィング商會」名義による著作と装幀の仕事を続けている。著作に『つむじ風食堂の夜』『それからはスープのことばかり考えて暮らした』『レインコートを着た犬』『おるもすと』『天使も怪物も眠る夜』『月とコーヒー』『それでも世界は回っている』『屋根裏のチェリー』『ソラシド』など多数

第10話

「カウント・シープ♯5391」

 夢の草原の森の近くで、5391番と5392番の羊が干し草を反芻しながら話し合っていました。
「聞いたか? どうやら、あたらしい夢主が決まったらしい」
「ああ、そうなのかい」
「どうした? 興味ないのか。一大事だぞ。夢主が変わるということは、われわれのこの世界が一変するということだ」
「それは違うよ。われわれがいるのは、夢の世界じゃなく、夢の世界の入口だ。知らないのか、ここが〈ゲート〉と呼ばれていることを」
「いや、それは分かってる。しかし、あたらしい夢主が、もし──」
「もし、はあり得ないよ。君は自分に打たれた番号を理解していないだろう? 5391番なんだぞ」
「いや、分かってる。でも、可能性はあるんじゃないかな。僕はそう信じてるけど」
「信じてる? いいか、冷静に考えろ。夢主が誰であってもだ、『羊が1匹、羊が2匹』と数えていって──もし、仮にだぞ、万が一の奇跡が起きて、羊が5391匹まで来たとしよう。そこまで数えるのに、一体、どれだけの時間がかかると思う?」
「ああ、それについては、僕もいちど計算してみた」
「そうか、君も計算したのか」
「皆、一度は計算するらしい。まぁ、羊それぞれの計算法があるんで、一律ではないけどね。どうやら、夢主が羊を数えていく時間は、平均すると1匹あたり4秒かかるらしい。となると、われわれが呼ばれるまで、4秒× 5391匹で、21564秒になる。およそ6時間だ」
「ああ、僕の計算でも、だいたい同じようなものだった」
「だから、君が言いたいことはよく分かってる。われわれが呼ばれる頃には、もう、朝になっているということだ」
「そのとおり。端的に言えば、その夢主は、結局、眠れなかったということになる」
「そういう場合はどうなるんだ?」