MARUU=イラスト
阿川佐和子さんが『婦人公論』で好評連載中のエッセイ「見上げれば三日月」。癇癪持ちだった父のようにはなるまいと、自らのカチン虫をなだめてきた阿川さん。その努力の結果、阿川さんの愛想はみるみる増殖していったそう。そして先日、新幹線に乗った際に、車内販売に励む若い女の子が目に入って――。

※本記事は『婦人公論』2022年2月号に掲載されたものです

全国交通安全運動に倣って、「全面愛想良好運動」を個人的に設定することとした。

自分で言うのもナンですが、もともと愛想が悪いほうではないと自負している。「アガワさんはいつも笑っていますねえ」とか「悩みなんてなさそうな感じですね」とか他人様に言われるし、常日頃より座右の銘は、聖書の言葉「いつも喜んでいなさい」です、と公言してまわっている。

だから少なくとも表向きの態度としては、ニコニコ明るく振る舞うよう心がけているつもりであり、ことにカメラのレンズがこちらを向くと、条件反射的に「ニカッ」とする癖がついている。

しかし、人間だもの。四六時中、機嫌がいいわけではない。というよりむしろ、身体の奥底に、「すぐカッとなるトゲ」をたんまり潜ませている。

そもそも父の遺伝子のせいである。父は生来の癇癪持ちであり、あまりにも唐突に怒り出すので、いつの頃からか、仲間内で「瞬間湯沸かし器」と呼ばれるようになった。

目の前に自分の意にそわない出来事が起こるや、たちまち怒りが爆発し、その場に居合わせた者はいったい何が起きたのか、なぜ父が急に機嫌を悪くしたのか、理由がわからない。そればかりでない。まだ起こってもいない事態を予測するだけで、本気で怒り出せるという特殊な才能の持ち主でもあった。

たとえばはるか昔に、

「お前も年頃になったら結婚するだろう。結婚披露宴を催して、お色直しなんぞを何度もして、どうせ友達のスビーチはだらだら長いに決まっている。飯は不味いに違いない。ああいうくだらない会が俺は大嫌いだ。想像しただけで不愉快になる」

と、まだ私が結婚するかどうかもわからないうら若き少女のうちからその場面を予想して怒り出していた。