来る2023年、中公文庫は創刊50周年を迎えます。その記念プレ企画として、本連載では「50歳からのおすすめ本」を著名人の方に伺っていきます。「人生100年時代」において、50歳は折り返し地点。中公文庫も、次の50年へ――。50歳からの新たなスタートを支え、生き方のヒントをくれる一冊とは? 第11回は、作家の北村薫さんに伺います。

北村 薫(きたむら かおる)

1949年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。高校で教鞭を執る傍ら執筆を始め、89年に覆面作家として『空飛ぶ馬』でデビュー。91年『夜の蝉』で日本推理作家協会賞受賞。2006年『ニッポン硬貨の謎』で本格ミステリ大賞〈評論・研究部門〉受賞。09年『鷺と雪』で直木賞受賞。読書家、本格推理ファンとして、評論やアンソロジーにも腕をふるっている。(写真提供:読売新聞社)

最晩年の小品に感じる「深さ」

源平時代の武将の子は、今の小学生くらいの年齢で初陣をすることがありました。一方、戦後、大学生が幼児化した――といわれたりもしました。

明治時代の新聞記事には、四十過ぎの老婆――と書かれていたりします。今、そんなことをいったら怒られるより先に、おかしなことをいう、と思われてしまいます。

昔と今とでは、年齢に関する感覚が全く違います。昔の人は、それだけ早く老成したわけです。

夏目漱石は、大正五年、満四十九歳で旅立ちました。それで、あれだけの仕事をしたわけですね。

漱石なら、多くの人が読んでいる。高校の教科書には、よく『こころ』が載っています。そして、『坊っちゃん』『吾輩は猫である』『三四郎』……といった小説までで、『硝子戸の中』を手に取っていない方も、多いのではないでしょうか。

これは大正四年に書かれた、小品集です。四十八歳――と年を数えるより、最晩年の作品と考えるべき本です。それだけの深さを持っています。

岡本太郎の父、一平に『漱石先生のある図』という絵と文があります。『例の「硝子戸の中」の陽のかんかん当る、縁側へ机を持出して羽織を冠つて執筆して居られた』という、まさにその姿が描かれています。昔は、冬ともなれば、家の中でも氷がはることがありました。寒かった。風邪を引いた漱石は、そうやって、文章を書き綴っていたのです。

内容は多彩です。わたしが好きなのは、巻末に近く、子供の頃の思い出を語ったところです。