イギリス在住のブレイディみかこさんが『婦人公論』で連載している好評エッセイ「転がる珠玉のように」。今回は「ライフは続くよ」。労働階級の友人の死から見える英国男性の寿命格差。コミュニティ・センターにいつものようにコロナ検査キットをもらいに行った際に見つけた亡き友人の生きた痕跡――(絵=平松麻)

友人の死と英国男性の寿命格差

スーパーマーケットで働きながら、同居する母親の介護をしていた友人がいた。彼は本と犬をこよなく愛する労働者階級のおっさんだったが、認知症が進んだとき、母が以前はかわいがっていた愛犬を嫌がるようになったので、犬を手放した。でも、母が亡くなった後、預け先から戻してもらい、毎日のように犬連れでジョギングをしていた。もう60代なんだから無理しないほうがいいよと言っていたら、突然見かけなくなった。急に息苦しくなって走れなくなったと言う。走るのをやめても息苦しさが続くので診療所に行くと、専門医を紹介され、検査を受けたらがんにかかっていた。

それから半年も経たないうちに彼は亡くなった。突然だった。そして、彼の葬儀の数週間後にはうちの連合いががんで入院した。そのときのわたしの心情的な落ち込みと言ったら、こんなに弱体化した姿を見たことがないと息子が驚いたほどだったが、時間の経過は人を落ち着かせる。

冷静に考えてみれば、これは英国の寿命格差をリアルに反映した現実とも言える。英国公衆衛生庁が発表した試算によれば、イングランドにおける2020年の英国の男性の平均寿命は78.7歳だ。新型コロナの影響か、19年から1.3歳減少している。そして、最も裕福な地域と最も貧しい地域の男性の寿命の差も広がり、10.3年も違うというのだ。そう考えれば、労働者階級の男性たちが60代で亡くなるのはそれほど珍しい話ではないのである。

労働者階級の人々は、所得や学歴、資産額が低く、不安定な仕事に就いていることが多いので、社会的、経済的なストレスを抱えがちだ。長時間労働で、睡眠もきちんととれていないことが多い。重労働で体を駆使しているのに食事も適当なもので済ますことが往々にしてあるので、このようなライフスタイルが平均寿命に影響を与えているとよく言われる。だとすれば、これは何も現代に限った話ではないだろう。たとえば、映画『タイタニック』で上階の客室にいる裕福な人たちと、下階に寝泊まりする貧しい人たちの平均寿命が同じだったとはちょっと考えにくい。実際、20世紀初頭のロンドンのイースト・エンドの貧民街に潜入してルポを書いたジャック・ロンドンは、著書『どん底の人びと ロンドン1902』の中で、「ウエスト・エンドの平均寿命は55歳であるのに対し、イースト・エンドは30歳である」と書き残している。(ウエスト・エンドは裕福な地域で、イースト・エンドは貧しい地域だった)