MARUU=イラスト
阿川佐和子さんが『婦人公論』で好評連載中のエッセイ「見上げれば三日月」。「どの医者より歯医者が怖い」というほど苦手な歯医者に半年ぶりに行ってきた阿川さん。ビクビクしながらリクライニングシートに身体を埋め、診察が始まると先生の穏やか声が穏やかならぬ言葉を発した――。

※本記事は『婦人公論』2022年3月号に掲載されたものです

年半ぶりに歯医者へ行った。

一般的に歯医者というところにどれほどの頻度で通うべきなのか知らないが、どうやら私はかなり疎遠な関係らしい。私の周辺には月に一度ぐらいの割合で通っている熱心な歯科ファンが多い。そういう人々から、

「定期的にクリーニングしてもらわないとダメですよ」

と、ものぐさな私はあちこちで非難される。歯石が溜まって歯槽膿漏になるとか、歳を取るほど歯のメンテナンスが必要になるとか、怖いことを言って私を脅す。それでもめげずに怠け続けてきた。

美容院だって三年に一度ぐらいしか行かない私が、痛くもないのになぜ定期的にあんな怖いところへ行かなければならないのか。そう、私はどの医者より歯医者が怖い。あの、キーーーーーンという音を想像しただけで首をすくめたくなる。それ以上深く掘らないで。

無言の願いも空しく先の尖った電動器具は私の歯の穴にぐいぐいと襲いかかってくる。

「痛かったら言ってくださいね」

先生は優しい声でおっしゃるが、そう言われてもこちらは無防備に口を開けたまま、ひたすら眉間に皺を寄せたり、ときどき片手を挙げてジェスチャーしたりして意思を伝えるしか手立てはない。

たとえ手を挙げて、「もう勘弁してください」とお願いしたところで、一瞬、手を休める程度で、治療を中断してくださるわけではない。あれが、怖い。あの種の恐怖体験は人生にできるだけ少ないほうがいい。だから、

「痛くなるまでは行くまい」

そう心に決めて長い間しのいできた。