ところが。去年の暮れに、突然、下の奥歯に怪しい感覚を覚えた。

ときどきススーッと軽い痛みが走る。きっと気のせいだろう。疲れたときに歯が痛むというのはよくある話だ。じゅうぶんに睡眠を取ったりのんびり過ごしたりするうち、痛みは自然に消えるであろう。

期待したが、ちっとも消える気配がない。それどころか日が経つにつれ、さらに痛みの頻度が増してきたかに思われる。それでも私はじっと耐えた。気のせいだ、気のせいだ。

我慢しながら考えた。この痛みがさらに激しくなり、耐えられなくなる頃に正月を迎えるのは由々しきことである。せっかくのおせち料理(自分で作るわけではないが)もお雑煮も楽しめないし、そもそも正月を寿ぐ気分でなくなるのはなんとも情けない。

だいたい歯痛というのは、「なぜ今?」という最悪のタイミングに訪れる。旅先や飛行機の中。極めて忙しい最中。そして世の中が一斉休暇に入った頃。

まるでいたずら坊主が塀の向こうから顔を覗かせてヒッヒッヒと憎たらしげに笑うかのごとく、こちらの都合の悪いときにかぎってやってくる。

よし! 私は覚悟を決めた。PCR検査で鼻の奥に綿棒を突っ込まれるのも平気な私が、鼻うがいを屁とも思わぬ私が、歯医者のキーンごときを恐れるとは、女が廃るというものだ。行ってやろうじゃないの。なにが怖いものかいな。

二年半ぶりだったと知ったのは、歯科医に告げられたからである。ビクビクしながらリクライニングシートに身体を埋め、紙エプロンをかけ、目にタオルを載せられて、私は震える息で深呼吸をした。

長きにわたる無沙汰を責めることもなく、寛大なる先生は私の口の中を淡々と観察し、レントゲンを撮ったのち、優しくおっしゃった。

「だいぶ前にカバーをした歯の内側に小さな虫歯ができた可能性があります。本格的な治療は年明けに行いましょう」