なんだ、小さな虫歯か。ならば大した治療にはなるまい。そう安堵した矢先、

「しかし、この二年半のあいだに歯茎がだいぶ後退しています。ちょっとスピードが速すぎますねえ……」

穏やかな声が穏やかならぬ言葉を発した。

虫歯どころの騒ぎではない。このまま歯茎の後退がどんどん進み、歯の隙間がさらに広がって、いずれどの歯も自力で立っていられなくなり、ポロンと倒れてしまう日が訪れるのか。

父と母を思い出す。いつのまにか両親は総入れ歯になっていた。父は上下とも、母は上だけであったが、こんな大事業を成したこと、一緒に暮らしていなかったとはいえ、まったく娘は気づかなかった。

両親の介護をするようになり、たびたび二人の入れ歯の世話をしたものだ。人工の歯を入れたまま床につくのはつらかろうと思い、入れ歯を取り出して歯ブラシで洗ったりもした。入れ歯が行方不明になり、家中を探し回ったこともある。

父も母も、入れ歯を除くとたちまち漫画で描いたような老人顔になった。

「歯って、大事なんだねえ」

あのとき身に染みた記憶がある。

「だからこそ、自分の歯をできるだけ長持ちさせるようにしましょうね」

先生の優しい顔の奥に暗黙のプレッシャーを感じた。

わかりました。わかりましたよ。来年からは真面目に通います!

こうして新年早々、私の新しい手帳の白いマス目には、「歯医者」という文字が三つも並んだ。

まず一回目に虫歯の治療をし、上から覆う「かぶせもの」の型を取る。本物のかぶせものができるまでは仮のカバーを設置する。そして二回目に、全体のクリーニングを行い、三回目にしていよいよ本物のセラミックカバーを装着させ、虫歯部分の治療が完了する見込みだ。

しかしきっと三回目の治療を終えた頃、「おお、こちらの歯に小さなヒビが入ってますね」などと新たな発見をされるに違いない。その治療をするうちに、きっと次なるクリーニングの時期が訪れるのだ。

こうして私は延々と歯医者通いをすることになるだろう。ちょっと憂鬱ではあるけれど、そのときは、両親が入れ歯を取ったときの顔を思い出し、笑って乗り越えることにしよう。


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コロナ禍で激変した生活、母亡き後の実家の片づけ、忍び寄る老化現象…なんのこれしき!奮闘の日々。読むと気持ちが楽になる、アガワ流「あるもので乗り越える」人生のコツ。