来る2023年、中公文庫は創刊50周年を迎えます。その記念企画として、本連載では〈中公文庫の顔〉ともいうべき作家が自身の著作について語ります。さらにイチ押しの中公文庫のおすすめも――。レジェンドが明かす創作秘話とは? 第3回は、本作『告白』で谷崎潤一郎賞を受賞した町田康さんの登場です。

昔昔、大阪で暮らしていた頃、夏になると近所の公園に櫓が組まれ、盆踊りが開催されていた。大阪なので流れる音楽は河内音頭(かわちおんど)であるはずだが、それについてはあまり覚えていない。

というのもその頃、周囲の大人たちに、河内音頭を古い時代の遺物として蔑むような気配が感じられ、素直な子供であった自分もそれに影響されて「あんなものはあかんにゃ」と頭から思っていたからだと思う。

だから河内音頭を知ったのは自然に染みこむようにして知ったのではなく、それと意識して知った。知ったのは昭和五十年頃で、ラジオ番組で放送された鉄砲博三郎(てっぽうひろさぶろう)口演「浪花侠客伝 薬師の梅吉」をカセットテープに録音し、全文を紙に書き写し、録音した音源を繰り返し聴くことによって節を覚え、台詞を暗記して、遠足に行く途中のバスの中で披露して喝采を浴びるなどしていたのである。馬鹿な子供である。

それから長い時が流れて私は小説書きになった。いろんなものを夢中で書くうちに、その後も折に触れ(大抵は泥酔の挙げ句)披露してきた河内音頭を小説に書きたいと思うようになった。

それで書いたのが『告白』であった。

主人公の城戸熊太郎は明治に実在した人物で、金と女の恨みから乳幼児を含む十人を殺して共犯の谷弥五郎とともに金剛山に逃走、追い詰められて猟銃で自殺するという事件を起こした。これを当時の音頭取が「河内十人斬り」という音頭にして評判になり、その後、河内音頭の定番曲として今なお多くの演者がこれを演じる。その際、主役の二人は、

「男持つなら熊太郎弥五郎。十人殺して名を残す」

と称えられるのだが、普通に考えれば訳がわからない。殺人鬼を称える歌を聴きながら私たちは浴衣を着て櫓の周りをグルグル回り、両の手をヒラヒラさせて楽しく踊っているのか。「なんでやー」と小説を書く前は思ったものだった。

だけど小説を書いた今はそうは思わない。いやさ、書いている途中からそう思わなくなった。人間はこうなろうと思っていつも別のものになってしまう。そういう意味では熊太郎も俺も似たようなものだ。いやさ、違う、熊太郎は俺だ、と思うようになった。

だから櫓の周りをグルグル回るとき、人はただ単に楽しくダンスしているのでなく、その奥底に悲しみと苦しみを伴う人間の狂熱を身の内から発散させているのではないか。ゆえ、その際の音楽は洒落た輸入舶載の音楽ではなく、私たちの身の内にある血と骨に基づいた土俗・卑俗のものでなければならないと思うに到った。

その思うに到る道中こそが告白であり、これは俺らの心の道行だったのだと今は思う。

『告白』
(2005年3月 中央公論新社/2008年2月 中公文庫)

●内容紹介
人はなぜ人を殺すのか――。河内音頭のスタンダードナンバーにうたいつがれる、実際に起きた大量殺人事件「河内十人斬り」をモチーフに、永遠のテーマに迫る著者渾身の長編小説。第41回谷崎潤一郎賞受賞作。〈文庫解説〉石牟礼道子