後ろ向きの宙返り──。
 できるわけがない。
 ケンゾーは「そういうこと」と松葉杖のグリップを握り直した。「だいじょうぶだから、心配しないで」
 じゃあ、あとで、と歩き出す。
 最後の一言で、むしろケンゾーに励まされた。かえって気をつかわせてしまった。
 よけいなことを言わなければよかった。

 孝夫は苦い後悔とともに踵を返し、緊急事態発生を美沙に知らせるためにフードコートに向かった。

 

 後悔はケンゾーの胸にもあった。父親よりもずっと苦く、深い。忍者Aのケガは、その原因をたどると、ケンゾー自身に行き着いてしまうのだ。
 さっきの舞台が終わったあとの反省会で、ケンゾーはいくつもダメ出しをした。
「三日目の営業で疲れてると思うけど、泣いても笑っても残り二回なんだ。最後ぐらいはしっかり締めよう!」
 ハッパをかけても反応は鈍い。そんなこと言われてもなあ……というぼやきが、聞こえなくても伝わった。
 溜まっているのは肉体的な疲労だけではない。ビジネスホテル暮らしのストレスもあるし、昼間の野外ステージなので、がら空きの客席の醒めきった様子を目の当たりにしなくてはならないのもツラい。
 キャストを代表して、忍者Aが言った。
「やっぱりホムさん、ちょっとだけでも出てもらえませんか? 客席の盛り上がりが違うんですから」
「無理無理、松葉杖ついてる忍者なんて出せないだろ」
 今回は作・演出に徹している。園内の案内板や遊園地のウェブサイトでも、いつもの謳い文句〈『ガイア遊撃隊ネイチャレンジャー』で大人気・炎龍斗率いる忍者ミュージカル劇団『手裏剣スナイパーズ』〉から、ケンゾーにまつわるフレーズすべてを削除した。
「じゃあ歌のコーナーだけでもどうですか」
「ダメだって。いまさら構成を変えられないし、松葉杖だと振り付けだってなにもできないんだから」
 頑なに断るのには、ケガ以外にも理由があった。