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「わたしは観ない」
美沙は孝夫にきっぱりと言った。午後二時に開演する本日三回目の舞台を──観ない、と言うのだ。
追っかけセブンの三人も「賛成!」「同感!」「ホムママの言うとおり!」と美沙の味方についた。
時間は三十分ほどさかのぼる。
女子会で盛り上がっていた四人に、孝夫が『手裏剣スナイパーズ』の緊急事態を伝えたときのこと──。
さすがに四人とも驚いたし、主役不在の舞台がどうなるのか心配もしていたが、そこから先は、孝夫の予想とは違う展開になってしまった。
「どうする? ケンゾーのところに行ってみるか?」
美沙はすぐさまかぶりを振った。「役に立つわけでもないんだから、魔になるだけでしょ」──母と子の絆なのか、さっきのケンゾーと似たような発想をする。
追っかけセブンも含み笑いでこっちを見ている。美沙に向けるまなざしには、いいぞいいぞ、というエールが溶けているようだったし、逆に孝夫に対しては、ダメだこりゃ、と見限っているようでもあった。
「……じゃあ、とにかく二時からしっかり観てやろう」
すると、美沙が「わたしは観ない」と言いだして、追っかけセブンも賛成したのだった。
「皆さんも観ないんですか?」
「観ない観ない。そんなの観てどうするのよ」「前に出るだけが推しじゃないの、引くのも推しのうちっ!」「たまには観てほしくないときだってあるわよ、それを察してあげなきゃ」
追っかけセブンは、急場しのぎの舞台になってしまうケンゾーの無念や悔しさ、忸怩たる思いを推し量って、あえて客席には向かわないことを選んだのだ。
美沙はすっかり感激して「ありがとうございます!」と三人に深々と頭を下げたが、納得のいかない孝夫は「ほんとに観なくていいのか?」と美沙に念を押した。
「俺は、しっかり観て応援してやるのが、親ゴコロだと思うんだけど」
客席ががら空きで、誰も本気で芝居を観ていないからこそ、せめて親だけでも奮闘に報いてやりたい。だいじょうぶ、しっかり観てるぞ、がんばれ、と励ましたい。さらには追っかけセブンに対しても、こういうときに客席で支えるのが真のファンではないか、とも思うのだ。