このホラーから逃れるには

わたしがいまでもマスクを着用しているのは、退院して自宅で抗がん剤治療を続けている連合いがいるからであり、そのため、英国の人々がいかにコロナ禍を過去のものにしようとも、わが家だけはいまも事実上のロックダウン中なのである。

現時点で、英国では過去28日間のコロナ感染による死者数も入院者数も増えているのだが、なんかもう「そんなものだ」と考えて生きていくしかない、みたいな感覚が蔓延している。うちの連合いのようにがん治療中の人や免疫不全のある人、そしてその家族といった、社会全体にとっては少数派ではあるが確かにいる人々の存在はかき消されてしまっているのだ。コロナ禍の出口には、その最中とはまた違った独特の恐ろしさがある。

などと書いたところで、わたしにしても、連合いががんにかからなければ、たぶんこういうことを切実に考えたりはしなかっただろう。「そんなものだ。いつまでもビクビクしていたってしょうがない」と言って、おおっぴらにマスクなしで外出しまくっていたに違いないのだ。

「そんなものだ」が怖いのは、そう考えるようにしているうちに本気でそう考えるようになっているということである。このホラーから逃れるには、「そんなもの、なのかな?」と常に疑う、ノリの悪いちょっと嫌な人でいるしかない。