八重咲きのヤマブキは実をつけない

しかし、娘の落ち着いた立ち居振る舞いと、毅然とした風情に、気持ちが圧倒されてしまい、道灌は、黙って差し出された枝を受け取り、その場を立ち去らざるを得ませんでした。彼は、どしゃぶりの雨の中を、城まで濡れながら急いで帰りました。

道灌は、持ち帰ったヤマブキの一枝を部屋の花瓶に生け、訪ねてくる人ごとに、その枝を見せながら、できごとの一部始終を語りました。それを聞き終わって、多くの人は、道灌と同じように、「どういうことなのか、わけがわからない」という様子でした。

ところが、あるとき、詩歌に秀でた歌人であった客が、話を聞き終わったあと、筆を手に取り、すらすらと和紙に兼明親王(かねあきらしんのう)の歌を書いて、道灌に差し出しました。「七重八重(ななえやえ) 花は咲けども 山吹の 実の一つだに なきぞ悲しき」と書かれていました。

この歌には、詠んだ人の深い気持ちが込められているのでしょう。その気持ちはさておき、この歌には、「八重咲きのヤマブキの花は、実をつけることがない」というヤマブキの性質が詠み込まれていました。

多くの植物で八重咲きの品種がつくられていますが、多くの場合、八重咲きの花は、オシベやメシベが花びらに変化したものです。だから、オシベがなかったり、メシベがなかったりすることが多いのです。

八重咲きのヤマブキも、オシベが花びらに変化して八重になっており、メシベが退化しているために、実をつけることがありません。