「あいつ、連休のしょっぱなに石神井晃と会ったんだ。雑誌だかネットだかの仕事でインタビューしたらしい」
「石神井晃」を耳にした瞬間、孝夫は眉をひそめた。やっぱりそうなるよな、と柳沢は苦笑して話を続ける。
「まあ、彼女がライターとしてどんな仕事をしようと、こっちが口出しできる筋合いはないんだけどな」
 孝夫はしかめっつらのまま「いや、でも、ウチに密着取材してるわけだから」と返した。「守秘義務はどうなんだ?」
「取材のオファーを受けるときに一筆取ってるから、そこはだいじょうぶだ。ただ、問題は──」
 石神井晃がマッチを気に入った。空き家についてしっかり勉強してきたことに大いに感心して、「いままで何百回とインタビューされたけど、こんなに熱心なライターさんは初めてだ」とまで絶賛していたという。

「おい、ちょっと待ってくれよ。勉強って、それ……」
「ミズちゃんや俺が教えてやったことを、あいつ、そのまま自分の勉強の手柄にしたんだ」
 守秘義務を逆手に取られてしまった。
「だってー、タマエスで取材してること言えないじゃないですかー、しょーがなかったんですーっ……ってな」
 柳沢は甘ったれた声色をつかい、体までくねらせたが、ジョークに紛らすのはそこまでだった。
 真顔に戻り、声のトーンも沈めて、続けた。
「連休の後半に、石神井が彼女に連絡してきて、あいつの会社にヘッドハンティングしたんだ」
 あなたは優秀なライターだからこそ、ライターなんかで終わってはもったいない。ウチでもっと面白い仕事をいろいろやってみないか──。
「なんだ? その理屈。ライターをバカにしてるだろ」
 孝夫は憤然とした。柳沢も「いかにも石神井だよな、世の中のことを上下や損得でしか見ないんだ」と吐き捨てるように言った。
「それで……あいつは乗ったのか、その話に」
 現役のライターとしては怒っていい。怒るべきだ。怒らなくても、ケンもホロロに断ってほしい。
 だが、柳沢は肩をすくめて言った。
「面白そうだから乗ったふりをする、ってさ」
 しばらくインターンでオフィスに通わせてほしい、と願い出た。石神井は「中途入社前の研修期間みたいなものだな」と了承してくれたが、マッチの狙いは違う。
「石神井はいろいろ悪い噂も多い奴だから、会社の中に潜り込んで、探ってみるらしい。いいネタが見つかれば最高だし、ネタを見つける前に仕事が面白くなれば、そのまま入社すればいいし、って……」
「なんなんだよ、それ」
「俺にもよくわからんよ、あいつの考えることは」
 柳沢は、昨日マッチから話を聞かされた。
「休日出勤したら、いきなり言われたよ。タマエスではたっぷり取材をさせてもらったので、密着はもうおしまいにしまーす、ありがとうございましたー、って」
 経緯を聞いてあきれる柳沢に、悪びれるどころか得意そうにレクチャーまでしたらしい。
 いいですか、柳沢さん、これからの時代は「虎穴に入らずんば二鳥を得ず」なんですからね──。