「『虎穴に入らずんば虎児を得ず』と『一石二鳥』をハイブリッドするんだぜ、もう、たまんないよ」 
 がっくりと肩を落とす柳沢に付き合って、孝夫も脱力した苦笑いを浮かべながら、連休前までマッチが使っていたデスクに目をやった。
 騒々しいだけで仕事の役には立たなかったが、いなくなってしまうと、それが不意打ちだっただけに、いまになって寂しさがじわじわと湧いてきた。
 あいつは結局、ホムホムには会えずじまいだったんだな……。
 話がややこしくならずにすんだ。安堵しながらも、会ったら喜んだだろうな、会わせてやればよかったかな、と少しだけ思った。

 自席に戻ろうとしたら、柳沢に呼び止められた。
「そういえば、ミズちゃん、奥さんの実家はその後どうなった?」
「まだ目立った動きはないけど、玄関の鍵を取り換えたっていうから、今度の日曜日に受け取りに行く」
「そうか……でも、奥さんの兄貴はともかく、石神井がからんでるんなら、一筋縄じゃいかないだろ」
「それは覚悟してる。ろくでもない提案をしてるんだったら、俺も黙ってないから」
「……うん、そうそう、その気合だよ、うん。空き家のプロなんだから、がんばれよ。がんばって奥さんを助けてやらなきゃ」
「なんだ? いきなり」
「いやいや、あははっ、ファイトーッ、いっぱーつ」
 柳沢は拳を突き上げて笑い、孝夫も、なんなんだよ、と苦笑してまた歩きだした。

 柳沢は、喉元で食い止めていた言葉を、ゆっくりと呑み込んだ。
 ミズちゃん、おまえの奥さんの実家、石神井が『もがりの家』にするみたいだぞ──。
 マッチが最大の守秘義務を守ってくれていたことを、孝夫はまだ知らない。
 柳沢も迷ったすえ、石神井の名前を出して、警戒しろ、と言外に伝えるにとどめた。
 それ以上は、やはり言えない。
 土地と家屋の名義が奥さんの兄になっている以上、横からなにを言っても、本人が決めたことは変えられない。石神井にコンサルを依頼するにあたっても、どんなに反対しても兄は聞く耳を持たず、最後は「よけいな口出ししないでくれ」で退けられたのだという。
 ならば、どうせわかることを、ここでフライング気味に伝えても、よけいな波風を立ててしまうだけだろう。
 もっとも、いまなら波風ですむものが、知らせるタイミングを逸したせいで、激しい嵐になってしまうことだってありうるのだ。
 どうするのが一番よかったのか、わからない。考えれば考えるほどわからなくなってしまう。
 独身の俺に背負わせるな、っての……。
 最後は一人で逆ギレして、仕事に戻った。