先手を打たれた。
 実家のカーポートには車が二台駐まっていた。さらに門の前には、リフォーム業者のワゴン車も。
「停まらないで」
 車のスピードをゆるめた孝夫に、美沙はこわばった顔で言った。「ウチの前、このまま通り過ぎて」
 二つ先のブロックを曲がって、大通りに出たところで車を停めた。
「まいっちゃったなあ、まだ一時半過ぎでしょ? なんでそんなに早く来ちゃうのよ」
 美沙は困惑していた。なによりリフォーム業者がいるというのは、まったくの想定外だった。
「なんで工事の人がいるの?」
 理由を訊かれても困る。「作業をしてる感じじゃなかったから、下見かもな」と答えるのが精一杯だった。
「下見って、なんの」
「……さあ」
「他人事みたいに言わないでよ。不動産のことなんだから、わからない?」
「無理だよ、そんなの」
 さすがに美沙も八つ当たりだと気づいて、「ごめん……」と息をついた。
「兄さん、今日は合鍵を渡すだけじゃなくて、相談もあるって言ってたけど……その前に、なんで工事の人が入ってるわけ? これ、ふつうは逆よね? わたしに相談してから動くのがスジでしょ? おかしくない?」
 いったん落ち着いても、話すうちに声がどんどん強くなる。
 だが、スジを言いだせば、こちらが負ける。あの家は健太郎さんのものなのだ。なにをしようと自由だし、「相談」も、美沙に対してはそういう言葉をつかっていても、実際には一方的な「通告」なのだろう。
「あと、カーポートの車だけど」
 来たか。孝夫は美沙に悟られないよう、そっぽを向いて顔をしかめた。
「一台は兄さんのだけど、隣の車、誰の?」
 返事はしなかった──答えを知っているからこそ。
「ああいうゴツい車って、戦争とか冒険の映画によく出てくるよね。砂漠とか、岩だらけの山道を走るの」
 車はどちらもドイツ製の高級車だった。健太郎の車はセダンで、もう一台はオフロード仕様のビークル。
 孝夫は、ため息をついて言った。
「石神井晃の車だよ、あれ」
「そうなの?」
「テレビや雑誌でよく紹介されてる」
「なんで東京でそんなのに乗ってるの?」
 当然の疑問だった。もともと軍用車両を民生化したモデルだけあって、どんなにタフな悪路でも力強く駆ける走行性能と耐久性を持っている。だが、それらは東京の道路では無用の長物だし、車体がゴツいぶん狭い道での取り回しも難しいし、燃費もかさむ。
 テレビの人物ドキュメンタリー番組で愛車が紹介されたときも、レポーターは美沙と同じ質問をした。
 すると石神井は、待ってましたと言わんばかりに、胸を張って答えたのだ。