佐治 晴夫(さじ・はるお)
1935年東京生まれ。理学博士(理論物理学)、東京大学物性研究所、松下電器東京研究所などを経て、玉川大学教授、県立宮城大学教授、鈴鹿短期大学学長、現在、同大学名誉学長、大阪音楽大学客員教授、北海道・美宙(みそら)天文台台長。日本文藝家協会会員。著書に「14歳のための物理学」、「同・時間論」、「同・宇宙授業」、「14歳からの数学」などの14歳シリーズ(春秋社)、「詩人のための宇宙授業(JULA出版局)」、「マンガで読む現代物理学と般若心経(春秋社)、「The Answersすべての答えは宇宙にある(マガジンハウス)」など多数。
人間のこころに映る自然の姿を描く
現代基礎科学を支える二つの柱のなかのひとつ、相対性理論を作り上げたA.アインシュタイン(1879-1955)は、晩年になって、こんなことを言い残しています。「現代科学に欠けているものを補うものがあるとすれば、それは仏教だ」
さらに、もうひとつの柱、量子力学の創設者の一人、W.ハイゼンベルク(1901-1976)は、「客観的事実など存在しない。あるのは自分の目を通して見た事実だけである」とも言っています。
これらの言葉の背景には、数学の言葉で自然界のリアリティーと対峙する物理学者が明らかにしてきた世界像が、日常の言語では表現しきれない矛盾と抽象性を帯びてきていることへの戸惑いがあるようにも思えます。たとえば、光は波であると同時に、粒子の性質ももっているという日常感覚では相容れない二重性を認めなければ実験事実が説明できないというような状況です。
その一方で、通常の言葉では表現しえない自然界の様相を論じるために、あえて矛盾する言葉を重ねることによって言葉の限界をのりこえようとしてきたのが、東洋の思想でした。AはAであって、かつAではない、というような論法です。
この現代物理学における自然観と、東洋の思想を対峙させ、アインシュタインやハイゼンベルク、荘子、老子、そしてウパニシャッド、さらには禅の公案などの言葉を引用しながら、人間のこころに映る物理学的世界像を描いたのがF.カプラ著、『タオ自然学』です。
このような試みは、ややもすると、エセ科学的な読み物になりがちですが、著者のカプラはウィーン大学で物理学の博士号を取得した現役の物理学者で、論理を逸脱することなく、安心して読める一冊です。