イギリス在住のブレイディみかこさんが『婦人公論』で連載している好評エッセイ「転がる珠玉のように」。Webオリジナルでお送りする25.5回は「パスポート狂騒曲」。コロナ禍で、ここ数年は予約した旅行のキャンセルが相次ぎ、旅行代理店は返金のかわりにバウチャー(旅行引換券)を支給。ようやくそれを使えるかと思いきや、パスポートの発行が困難を極めているらしく――

夏の海外旅行バブル発生

「いつもどおりの夏がようやく戻って来た」とばかりに、英国ではホリデーの話でもちきりだ。「ギリシャに行く」「マデイラ島でゆっくりすることにした」と、友人・知人から電話がかかってくるたびに休暇の予定を聞かされる。

去年も、その前の年も、飛行機が飛ばなくなったり、旅行先の国がロックダウンしたりして、海外での休暇は諦めるしかなかった。張り切って1年前から夏の旅行を予約する人たちもいるので、楽しみにしていたホリデーがキャンセルになって泣かされた人はたくさんいて、多くの場合、返金は現金ではなく、バウチャー(旅行引換券)として旅行代理店から支給された。当然だが、そんなものを使わずに家に置いておいてもしょうがないので、とにかくバウチャーがあるから旅行に行かなくては、と気合いを入れている人々も少なくなく、今年の夏の海外旅行需要はうなぎ上り。需要が増えるほど価格も上昇し、もはやバブルと言ってもよい。

しかし、そのバブルに作業がついていけない役所があった。英国旅券局である。ここのところ毎日のようにパスポート発行の遅延が報道されている。パスポート更新の時期が旅行直前だったり、旅行期間中だったりする人々が、何ヵ月も前から更新を申請しているにもかかわらず、出発に間に合わないケースが続出しているのだ。

近所の雑貨屋に勤めているパートの女性も、買い物で会うたびに次男のパスポートがまだ入手できていないとこぼす。彼女の場合、必要書類を送ったがいっこうに音沙汰がないので英国旅券局に連絡してみた。すると、書留で送ったにもかかわらず届いてないと言われてしまった。それでまた必要書類をかき集めて送ると、やはり何週間たっても旅券局から連絡がない。不安になって電話してみると、いまITシステムのアップグレードをしているために書類が届いたか確認できないと言われてしまった。