来る2023年、中公文庫は創刊50周年を迎えます。その記念プレ企画として、本連載では「50歳からのおすすめ本」を著名人の方に伺っていきます。「人生100年時代」において、50歳は折り返し地点。中公文庫も、次の50年へ――。50歳からの新たなスタートを支え、生き方のヒントをくれる一冊とは? 第17回は、ノンフィクション作家の保阪正康さんに伺います。

保阪 正康(ほさか・まさやす)

1939年12月、札幌市生まれ。同志社大学文学部社会学科卒業。評論家、ノンフィクション作家。出版社勤務を経て著述活動に入る。主に近代史(特に昭和史)の事件、事象、人物に題材を求め、延べ四千人の人々に聞き書きを行い、ノンフィクション、評論、評伝などの作品のほか、社会的観点からの医学、医療に関する作品を発表している。現在、個人誌『昭和史講座』を主宰。2004年菊池寛賞、2017年『ナショナリズムの昭和』で和辻哲郎文化賞受賞。著書に『昭和陸軍の研究』、『東條英機と天皇の時代』、『昭和史七つの謎』、『昭和史の大河を往く』シリーズほか多数。

文学に親しんだ少年時代

私の読書歴をふり返ると、小学校の高学年になって子供向けの小説、評伝などに厭き、父親の本棚の全集に手を伸ばして、武者小路実篤や芥川龍之介、さらに伊藤左千夫などを読むようになった。

私は芥川の作品が好きで、分かっても分からなくてもとにかく読んだ。中学生の時に手にした『河童』は、特に、分かったような分からないような気持ちになった。生まれてくる時、この世に生まれてきたいか否かを事前に実際に確かめるとしたら、自分の出生に自分が責任を持つことになるのだろうか、と思ったりもした。

高校時代、私は極めて内向的であった。周囲は懸命に受験のために勉強の日々を過ごしているというのに、私ときたら小説を読んだり、脚本を書いてみたり、好き勝手な生活をしていた。そんな時も純文学の作家を中心に、小説類はよく読んだのである。気軽に読みたい時は、大体が芥川の作品を手に取った。また夏目漱石、森鴎外などは言うに及ばず、新感覚派やプロレタリア作家まで手に取った。そのうち社会科学系の書を少なからず読むようになったが、こちらは読書を深めるほどには至らなかった。

読書が持つ三つの役割

少年期にはこうした読書傾向を持ち、そして青年期、壮年期には一般書や歴史書を読んだことになる。むろんその間に、ベストセラーの書も読んだりと、とにかく本を離さない生活を送ってはきた。そこで感じたのは、読書には、年代に応じての関心事を満たすための書、あるいは職業上の必要から読む書、そして自らの生き方を確認するために読む書、という三つ役割があるのではないか、ということである。

私の場合、50代からの読書は、自らの生き方を確認するための書が多かったように思う。それと少年期に読んだ作家でも、その頃には関心を深めなかったが、高齢になって改めて読んで感動するというケースもあった。 そういう作家が何人かいるのだが、ここではやはり、あえて芥川龍之介をあげておきたい。

芥川のエッセイや紀行文は、少年期には読んでいなかった。ところが全集などでこうしたジャンルの作品を読んで、改めて芥川の文章の先天的才能に驚かされた(今は岩波文庫から『芥川竜之介紀行文集』山田俊治編として刊行されている)。文章に惹かれるだけでなく、文章の持つイメージの無限の広がりに、高齢であるだけに感嘆する。私は50代を過ぎたなら、こうした作家の名文に親しみ、その才能を受け止める余裕を持ってほしいと思う。老いても感性を持続させる道である。