「妙なもの?」
「かなり大きなものでした。『取扱注意』と書かれた木箱に入っていて、水曜日の特別便で届けたんですが、配達車の荷台が、そのひと箱であらかた埋まってしまいました」
「さて、なんだろう?」
「ええ。僕も気になって、訊いてみたんです。『ところで、この箱の中には何が入っているんですか』って。そうしたら、アダムさんはただひとこと、『楽器ですよ』と答えました」
「楽器?」
「大きさから察して、『もしかして、チェロですか?』と訊いてみたんですが、『いや』と、ひとつ首を振っただけでした」

 

       ✻

 

 むかし、むかし──と語り継ぐほどではないとしても、それはアダムが子供の頃に経験した出来事の中で、とりわけ重要な位置を占めていました。
 はたして、どのような事情があったのか詳細は分からないのですが、アダムの父いわく、「世界的に有名なオーケストラ」に所属している男──なんという名前であったか思い出せないあの男が、道に迷ってアダムの一家が暮らす家に身を寄せていたのです。
 もっとも、「道に迷って」というのは、あくまで男の弁であり、
「何か、よんどころない理由があったんだろう」
 アダムの父は、あとになって、遠くを見ながらそうつぶやきました。
 
 その人はチューバ奏者でした。
 大きな楽器を大きなケースの中から取り出し、いかにもやわらかそうななめした鹿革で、夜ごと愛おしそうに磨いていました。練習は、家から少し離れた木立の中で、毎日、欠かさず怠りません。アダムにしてみれば、それが初めて耳にした楽器の音で、やさしく胸に響く、どこかあたたかみのある音でした。

「じつは、今夜、音楽会があるのです」
 その人はそう言うと、十日目の朝に、チューバのケースを抱えて出て行きました。
 それっきりです。
「本当に音楽会なんて、あるものかどうか──」
 男の背中を見送りながら、父は誰へともなくそう言いました。
 母は黙ったままで、ずいぶんと長いあいだ、三人でその背中が見えなくなるまで見送りました。