「わたしもまた、あなたとそっくり同じようなことを子供の頃に経験したのです。ただし、わたしの家に身を寄せていたのは女性で、とある『有名なオーケストラ』に所属しているホルン奏者でした」


「ひさしく忘れていたのですが、わたしも両親を亡くして一人で暮らしながら、ある日、ふと思い出したのです。あのホルン奏者の彼女を」

 

「それで、わたしもあなたと同じように楽器を手に入れ──ええ、わたしが手に入れたのはホルンですが──一人静かな夜に練習を重ねてきました」


「でも、あなたも書いていらっしゃいましたが、わたしのこの独奏は、はたして何のための練習なのだろうと──」


「あなたがいま住んでいるところと、わたしのこの独り住まいの家はとても離れています。でも、それぞれ同じ国境線に囲まれたところに暮らしているのですから、この手紙がそちらに届いてから一週間ほどした夜に──そうですね、僭越ながら時間を決めさせていただくと、夜空に三日月がのぼる二十一時ちょうどに、あなたはあなたのチューバを、わたしはわたしのホルンを吹いて合奏するというのはどうでしょうか」


「つづけてきた練習の意味が、ようやく小さな実を結ぶのです」


「ふたつの音が、どのように響き合うのか。合奏に耳を傾けてくれるのは、空の上の三日月ばかりではありますが──」

 

 

 

 

※次回の更新をお楽しみに!

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