来る2023年、中公文庫は創刊50周年を迎えます。その記念企画として、本連載では〈中公文庫の顔〉ともいうべき作家が自身の著作について語ります。さらにイチ押しの中公文庫のおすすめも――。レジェンドが明かす創作秘話とは? 第5回は、中国歴史長篇の本作『草原の風』を書いた宮城谷昌光さんの登場です。

いつかは小説に書いてみたい人物ではあるが、おそらくむりだろう。

三十代の私が中国の歴史を学んでゆくうちに、そう感じた人物こそ、劉秀(りゅうしゅう)であった。劉秀は後漢(ごかん)王朝の創立者であり、死後に、

「光武帝(こうぶてい)」

という諡号(しごう)がおくられた皇帝である。

いうまでもなく私は日本人であるので、中国の歴史を観るのに、日本人独特の遠近感をまぬかれにくい。つまり王朝の創立者に関していえば、前漢王朝を立てた劉邦(りゅうほう)は近くに感じるのに、劉秀はかなり遠くに感じてしまう。ふたりに属(つ)いた臣下についても似たようなことがいえる。劉邦の重臣には、蕭何(しょうか)、曹参(そうさん)、樊●【口へんに會】(はんかい)、張良(ちょうりょう)、韓信(かんしん)などと、多士済済(たしさいさい)である。ところが劉秀の重臣はどうであろう。李通(りつう)、王常(おうじょう)、来歙(らいきゅう)、●【おおざとに登】禹(とうう)、馮異(ふうい)、呉漢(ごかん)などの名をみて、奇快(きかい)の光景が脳裡に立ちあがってくる人は、よほどの中国史通で、あえていえば私の小説などを読む必要のない人である。しかしそれら主従は、影がうすい、というのが実情で、それに呼応するかたちで、後漢の創業期に関心をもつ人はすくなかった。当然、資料的に貧弱であったので、

――小説にするには、むりな時代。

というのが私の認識であった。

しかし、昭和から平成の時代にはいると、資料が増え、ついに、

――劉秀を小説世界に立たせることができる。

という見通しをもつことができた。こんな喜びはなかったといえる。皇帝になるような人には、いくつかふしぎなことがある。

劉邦よりも劉秀のほうが、その数が多い。平凡のようだが、たとえば、『東観漢記(とうかんかんき)』に、

「ときに南陽郡(なんようぐん)は日照りつづきで穀物が実らなかったが、劉秀の田畑だけは収穫ができた」

とあり、それは大きな謎であり、それを解くにもたいそうな時間がかかった。つまり劉秀は幼少のころから土と穀物に接していただけではなく、旱災(かんさい)を回避する予知力と知識をもっていたと想ってもかまわないということである。劉秀の生涯をたどってゆくと、そういうふしぎなことがいくつかあり、それを自分なりに解いてゆく愉(たの)しさがつながってゆくような小説になった。ただしそれが、いくぶんじみな皇帝である劉秀を、劉邦にともなう好景(こうけい)にせまるだけの美事へ押し上げることができたのかどうかは、わからない。しかし劉秀を小説に書けたことは、私のなかでは奇蹟的なことになっている。

『草原の風』
(2011年10〜12月 中央公論新社/2013年9〜11月 中公文庫)

●内容紹介
三国時代より遡ること200年、群雄割拠の世に、中原に乱立する英傑たちと激しい戦いを重ね、天下統一へ地歩を固める劉秀。前漢の高祖・劉邦の血を引く勇武の将軍、古代中国の精華たる後漢王朝を打ち立てた光武帝・劉秀の若き日々を鮮やかに描く。