来る2023年、中公文庫は創刊50周年を迎えます。その記念プレ企画として、本連載では「50歳からのおすすめ本」を著名人の方に伺っていきます。「人生100年時代」において、50歳は折り返し地点。中公文庫も、次の50年へ――。50歳からの新たなスタートを支え、生き方のヒントをくれる一冊とは? 第21回は、作家の小池真理子さんに伺います。

小池真理子(こいけ・まりこ)

1952年、東京生まれ。89年「妻の女友達」で日本推理作家協会賞(短編部門)、95年『恋』で直木賞、98年『欲望』で島清恋愛文学賞、2006年『虹の彼方』で柴田錬三郎賞、12年『無花果の森』で芸術選奨文部科学大臣賞、13年『沈黙のひと』で吉川英治文学賞を受賞。主な著書に『水の翼』『望みは何と訊かれたら』『ストロベリー・フィールズ』『神よ憐れみたまえ』『月夜の森の梟』など。(写真提供:新潮社)

ひそかにプーの森で遊ぶ子どもだった少女時代

父は、いわゆる「文学青年」だった。昭和27年生まれの私が、この世で初めて目にしたのも、壁いちめんの書棚に並べられた父の本だったような気がする。

その影響もあってか、読み書きができるようになるのは早かった。目につく文字を音読したがり、山手線の車窓から見える、婦人病の名が連ねられた看板の文字まで大声で読み上げてみせるものだから、両親はそのたびに赤面していた。

小学校に入学してからは、父の書棚の本を引っ張りだしては拾い読みしたり、学校の図書館の本を読みふけったりすることが多くなった。

石井桃子の名訳で『クマのプーさん プー横丁にたった家』を読んだのは、小学6年のころだったか。

愛らしく活き活きと描かれたE・H・シェパードの挿絵と石井桃子の訳文は、たちまち私を虜にし、「プーの森」に引きずりこんだ。私の中に、まるで現実に存在しているもののようにして、プーの森が生まれた。私は日々、ひそかにプーの森で遊ぶ子どもになった。

『クマのプーさん』はディズニーでアニメ化され、世界中の誰もが知るところのものになっている。だが、私にとってのプーの物語はディズニー版とは無縁だ。アニメの中のプーや動物たちの姿は、E・H・シェパードの描いた絵とは似ても似つかない。悲しいほど別ものなのである。

ディズニーアニメのおかげで、プーの物語は世界中の子どもたちに読まれ、愛され続けてきた。だが、その一方で、害のない子ども向けの童話(児童文学ですらない)、という括りの中に無理やり押し込まれてしまったような気がしないでもない。