2021年10月から、吉田篤弘さんによるweb書き下ろしの掌編小説連載がスタートしました。

2023年に創刊50周年を迎える〈中公文庫〉発の連載企画です。物語は毎回読み切り。日常を離れ、心にあかりを灯すささやかな物語をお楽しみください

「著者プロフィール」

吉田篤弘 よしだ・あつひろ

1962年東京生まれ。小説を執筆するかたわら、「クラフト・エヴィング商會」名義による著作と装幀の仕事を続けている。著作に『つむじ風食堂の夜』『それからはスープのことばかり考えて暮らした』『レインコートを着た犬』『おるもすと』『天使も怪物も眠る夜』『月とコーヒー』『それでも世界は回っている』『屋根裏のチェリー』『ソラシド』など多数

第18話

「ジャレ」

 やれ、そこの額縁屋──。
 キサン、ジャレを、キサンがつくった額縁におさめようって魂胆だな。
 アハ!
 ジャレには分かっておるぞ。なのに、キサンはジャレのことを分かっておらん。ジャレはそうした縛りのようなものを忌み嫌うのだ。決めつけられるのは御免蒙りたい。なにしろ、ジャレは風の神様よ。風っていうのは、そうした額縁みてぇなもんから、いつでも自由であることが身上なのだ。
 ジャレはキサンの魂胆から風の如くすり抜けて、決して、額縁などにはおさまらんぞ──。

 

 さて、どうして自分にそのような大役がめぐってきたのか、見当もつかない。一介の額縁屋であるオレに、あの「風神雷神」を描いた、あの絵の額縁をつくってくれとエライ人に頼まれた。
 オレはエライ人がことごとく苦手なので、のらりくらりとかわしていたんだが、そのうち、オレの工房にその絵が送られてきて驚いた。それはオレが想像していたより、ずっと小ぶりで、
(ああ、もしかして、こいつは本物ではないな)
 と察しがついた。
 なるほど、本物じゃないから、ひとつ立派な額縁で縁どって、それらしく見せようって魂胆らしい。まったく、エライ人の考えそうなことだ。
 まぁ、そういうことならとオレは気が楽になり、オーダーに応じるべく肝を据えたところへ、絵の中から風の神様が話しかけてきた。
 オレのことを「キサン」と呼び、自分のことは「ジャレ」と称している。どうやら、「キサン」は「貴様」のことで、「ジャレ」は「俺」が訛ったものらしい。