来る2023年、中公文庫は創刊50周年を迎えます。その記念プレ企画として、本連載では「50歳からのおすすめ本」を著名人の方に伺っていきます。「人生100年時代」において、50歳は折り返し地点。中公文庫も、次の50年へ――。50歳からの新たなスタートを支え、生き方のヒントをくれる一冊とは? 第23回は、作家・エッセイストの宮田珠己さんに伺います。

宮田珠己(みやた・たまき)

1964年、兵庫県生まれ。大阪大学工学部卒業。旅行記・エッセイを中心に執筆活動を続けている。2007年、『東南アジア四次元日記』で第3回酒飲み書店員大賞受賞。著書に『日本ザンテイ世界遺産に行ってみた。』『私なりに絶景 ニッポンわがまま観光記』『東京近郊スペクタクルさんぽ』『アジア沈殿旅日記』『ニッポン47都道府県正直観光案内』『いい感じの石ころを拾いに』、初の小説『アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険』など多数

30代で長期入院中に長編を読破し、次回に備えて名作長編を購入

30代の頃、一か月あまり入院したことがある。その際、せっかくだからこの機会に長編小説を読もうと考え、中国の四大奇書や四大名著などと呼ばれる『紅楼夢』と『金瓶梅』を読破した。体調が悪いながらも数日間小説世界にどっぷりと浸かることができたのは幸運だった。どこも悪くなくてももう一度入院したいと思ったほどだ。

味を占めた私は、中年、熟年、老年とこれから歳を重ねていくことを考えると、いつまた長期で入院するようなことがあるかもしれない、そのときのために長編小説をストックしておかねばと思い、『失われた時を求めて』や『大菩薩峠』さらには『収容所群島』を全巻買い揃え、その日に備えたのである。

ところがその後長期で入院することは一度もないままに、齢50を超えてしまった。買い揃えた文庫本はだんだん黄ばみはじめている。

いい加減真剣に入院を考えなくてはいけないが、少々困惑しているのは、気がつくと当時はぜひ読みたいと買い揃えた3つの長編小説に興味がなくなってきたことである。

どれも超のつく名作だということはわかっているのだが、名作すぎてかえって面倒な気がしてきた。『失われた時を求めて』はどんな話かよく知らないけど深い話であるらしい。『大菩薩峠』も単なるチャンバラ娯楽小説ではなく、後半は哲学的様相を呈してくるという。

読んでみればきっと人生への深い洞察が得られたりするのだろう。それは素晴らしいことであり、それこそが読書の醍醐味とも言えるが、正直、私はもう人生への深い洞察はいらない気がする。

人格的に十分成長したと言いたいのではない。むしろ逆で、人生も半ばを過ぎ、いかに自分が俗物であるか自覚したのである。なので『失われた時を求めて』よりは、たとえば中国の四大奇書のなかでも『西遊記』のような楽しい小説が読みたい。『収容所群島』なんか読んだら、どう考えても気持ちが沈みそうだ。