来る2023年、中公文庫は創刊50周年を迎えます。その記念プレ企画として、本連載では「50歳からのおすすめ本」を著名人の方に伺っていきます。「人生100年時代」において、50歳は折り返し地点。中公文庫も、次の50年へ――。50歳からの新たなスタートを支え、生き方のヒントをくれる一冊とは? 第24回は、詩人の平田俊子さんに伺います。

平田俊子(ひらた・としこ)

1955年6月30日、島根県生まれ。詩人。立命館大学文学部日本文学専攻卒業。83年「鼻茸について」その他の詩篇で現代詩新人賞受賞。84年の第一詩集『ラッキョウの恩返し』で注目される。98年『ターミナル』で晩翠賞受賞。2000年、戯曲「甘い傷」で文化庁舞台芸術創作奨励特別賞受賞。04年、詩集『詩七日』で萩原朔太郎賞受賞。05年、小説『二人乗り』で野間文芸新人賞受賞。16年、詩集『戯れ言の自由』で紫式部文学賞受賞。

いくつになっても恋愛は人の気持ちを騒がせる

1990年代の終わり頃、テレビで『晩菊』の舞台を観た。主演は杉村春子さん、相手役は確か江守徹さんだった。『晩菊』は、若い頃芸者をしていた女性の家に、昔の恋人が訪ねてくる話だ。

その頃杉村さんは80代ぐらいで、江守さんは50代ぐらいだったから、高齢者のラブストーリーなんだなと思った。好きだった人の訪問を前に杉村さんの心は浮き立つ。いくつになっても恋愛は人の気持ちを騒がせるものなのかと感じ入った。

原作は林芙美子の同名の短編だ。後日わたしは『晩菊 / 水仙 / 白鷺』(講談社文芸文庫)という短編集を買った。小説と舞台はいろんなところが違っていた。そういうことはよくあるが、杉村春子が演じた女性は原作では56歳だった。違いすぎるやないかい。

親子ほど年齢の離れた二人の恋愛

まあそれはともかく、主人公のきんは小さい頃に秋田から東京の裕福な家にもらわれてきた。評判の美少女に育ったが、やがて家が傾き、出入りしていた男に犯されてやぶれかぶれで芸者になった。美人だから人気が出て、客のフランス人に「日本のマルグリット・ゴオチェ」(「椿姫」ですね)と呼ばれたりもする。

50歳になったとき、きんはパトロンと別れ、義理の妹夫婦が営む学生下宿に部屋を借りる。その家に下宿していた田部と知り合い、深い仲になる。親子ほどトシが離れているのに、ですよ。

2人が出会ったのは太平洋戦争が始まった頃だ。田部はその後ビルマに行き、戦後復員するときんの家に向かう。すっかり老け込み、前歯が抜けている田部を見てきんは失望する。意外に冷たい。1年もしないうちに田部は立派になってきんの前に現れ、近々結婚することを報告する。

さあ、そんな田部から電話があり、その日の夕方に来るという。1年ぶりの再会だ。きんは風呂屋に急ぎ、帰ってくると冷蔵庫の氷で顔をマッサージする。その他あれやこれやと美顔術をほどこす。

「別れたあの時よりも若やいでいなければならない」と思う一方で、「田部は、思い出に吊られて来るだけだ。昔のなごりが少しは残っているであろうかと云った感傷で、恋の焼跡を吟味しに来るようなものなのだ」ときんは冷静だ。

いざ田部に会うと、昔のようには心が燃えない。田部はきんに金を無心する。訪問の目的はそれだったのだ。何としても借りようとする田部と、拒絶するきん。田部はきんのことを「たかが虫けら同然の老女ではないか」と思い、きんは田部のことを「つまらぬ男になりさがったものだ」と思う。それでいて表面的には楽しそうに会話を続ける。そのあたりが何ともスリリング。田部の要求をはぐらかすきんには百戦錬磨の貫禄がある。