定年のない仕事でよかったと思う一方で、潮時を自分で決めなくてはいけないという難しさも感じます。けれど、先のことはわからない。もちろん計画性を持って生きることも大切ですが、私は「流れに身を任せて生きていきたい」派。これまでもずっとそうでした。

結果的に私は女優を続けていますが、今に至るまでの道のりを振り返ると、寄り道をしたり、遠回りをしたり。歩みを止めていた時期もあります。でも、だからこそ目にすることができた景色があるし、出会えた人もいる。どの瞬間が欠けても今の自分はないと思うと、人生というのは不思議なものだなぁとつくづく感じるのです。

 

母の小説のドラマで女優デビュー

小さな頃の夢は専業主婦になることでした。私が小学校に入るのと、母が小説家として忙しくなり始めた時期が重なったため、スキー教室のたびにクラスメイトがお母さんの手編みのセーターを着ていたのが羨ましかった。中学生になると、みんなが心尽くしのお弁当を持ってくるなか、私は購買部でパンを買う毎日。

だから私は結婚して子どもができたら、その子に寂しい思いはさせないと決めていたのです。お弁当に花形にくり抜いた人参を入れてあげようとか、一緒に商店街で買い物をしたいなとか、ものすごく具体的なビジョンを描いていましたが、今にして思えば、それは全部、自分が母にしてもらいたいことだったのですよね。

女優としてデビューしたのは、東京の大学に在学中だった22歳のとき。母の小説がテレビドラマ化されることになり、私が帰省した折に家まで打ち合わせにみえたプロデューサーが、うっかり口を滑らせてしまったのです。「綺麗なお嬢さんですね。この作品に女優として出てみませんか」と。社交辞令を真に受けた母が「学生時代の記念に、一本くらいならやってみたら?」と勧めてくれたのがきっかけでした。