ニューヨーク滞在中に迫られた究極の選択

女優人生のなかでは、夫を選ぶか仕事を選ぶかという、究極の選択を迫られたこともありました。あれは夫の転勤で、ニューヨークで生活していた1995年のこと。転勤が決まる前から、名古屋の中日劇場で行われる翌年のお正月公演の話をいただいていました。初舞台で、女性では主役の次に大きな役をいただき、一も二もなくお引き受けしたのです。

渡米したあとも、「一時帰国して舞台に出演すればいいだろう」と考えていたのですが……。ポスター撮りを終えたあとに、お稽古が始まるのが12月だと知った夫から、「クリスマスパーティやニューイヤーパーティに妻を同伴しないのはありえない」と切り出されたのです。

それはもっともなのですが、かといって舞台を降板するわけにはいかない。ドタキャンすれば、もう役者として使ってはもらえません。降板は女優引退を意味します。悩みました。

当時私は、ニューヨークにいるからには本格的に演技を学ぼうと、演劇学校に通っていたのです。そこには、容姿端麗で才気あふれる人が大勢いました。そのなかでオーディションを勝ち抜き、ブロードウェイの舞台に立てるのはほんの一握りなのです。そんな厳しい現実を目の当たりにして、日本の舞台で大きな役をいただける私はなんて恵まれているのだろう、と痛感しました。同時に、私はこんなにも女優という仕事が好きだったのか、と驚いたのです。

それから、この舞台をどうしてもやらせてほしいと懸命に夫を説得しました。夫は不承不承空港まで見送ってくれましたが、「次に夫に会うときに、青い目をした新しい妻を紹介されても文句は言えない」と思ったことを覚えています。

結局のところ、夫は一時帰国し舞台を観に来てくれました。普段ドラマを観ない人なので、私の演じる姿を見たのは、そのときが初めてではないかと思います。「いきいきとやっていたね」と言っていました。すでに結婚して10年近く経っていましたが、初めて「好きなことを貫きたいと言うなら応援したい」と言ってくれたのも、うれしかったです。

現在、夫は定年退職し、私たち夫婦もセカンドステージに突入しました。相変わらず私は仕事でバタバタしているものの、夫婦ともおいしいものをいただくのが好きなので、お取り寄せしたフグ鍋セットなどを食べながら、ゆっくりと語り合う時間を大切にしています。結婚して32年になりますが、いろいろなことがあったなと、ふと思ったりして。