MARUU=イラスト
阿川佐和子さんが『婦人公論』で好評連載中のエッセイ「見上げれば三日月」。前回からの続き。お母様の大島紬をご自分で着付けて食事会に出席した佐和子さん。芸者さんの助けもあって同席者に褒められ、気分を良くした佐和子さんは――。
※本記事は『婦人公論』2022年8月号に掲載されたものです

前回の続きでありますが、なんとか母の大島紬を着付けて料亭に辿り着いたら、「あらあ、ステキなお着物」「お似合い!」とお店の人たちにお褒めの言葉をいただいて、同席した紳士諸氏にも「珍しいねえ」と喜ばれ、すっかりいい気分。実はこれは母の着物、自分で着付けてまいりましたと告白するや、同席していた美しき芸者さんに、小さく目配せされる。

「ちょっと、あちらで直しましょうか」

待ってましたの一声だ。私はこっそり座敷を立ち上がり、前室の屏風の陰に隠れる。

「とりあえず、帯だけ直しましょうね」

「はい。お太鼓の部分が難しくて……」

「先にタレの位置をヒモで固定しておくと、楽に結べますよ。背中のシワを取りましょう」

毎日、着こなしておられる芸者さんのワンポイントアドバイスは的確だ。お太鼓を締め直し、あちこちのシワを伸ばし、背中の中心線を正していただいて、きれいに直した姿で再び座敷に戻ってみると、

「ほうほう、すっきりしたね」

またもや皆様に褒めていただいた。

気をよくした私は数日後、今度は対談仕事に着物を着ていこうと思い立つ。二度目は白地に縞柄の大島紬である。帯はぐっとモダンに青い無地の紬帯を選んだ。ところが、一回目の成功体験が仇となった。