MARUU=イラスト
阿川佐和子さんが『婦人公論』で好評連載中のエッセイ「見上げれば三日月」。ふかわりょうさんに膝カックンを仕掛けてみた阿川さん。ふかわさんに「なぜするのか?」と問われ、大人になると子供じみた遊びをしなくなるのだろうかと疑問に思った阿川さんは――。
※本記事は『婦人公論』2022年9月号に掲載されたものです

一緒にラジオ番組をやっているふかわりょう君に膝カックンを仕掛けた。

ラジオ局近くのコーヒー店で、注文したコーヒーを受け取ろうと外のカウンターで待っていたふかわ君の後ろ姿を見つけたからである。気づかれないようそっと近づいて、彼の膝の裏目がけて自分の膝頭を押し出そう……と思った次の瞬間にふかわ君は殺気を感じたらしく、振り向いてしまった。だから私としては半分しか成功していない気分。でもふかわ君は、してやられたと思ったらしき気配。

「ううう、もう!」

いかにも悔しそうである。

そのあと互いにコーヒーを持ちながらスタジオに入り、生番組中、私はたっぷりたしなめられた。

「アガワさん、なんで膝カックンなんかするんですか?」

まるで学校の先生が、いたずらをした生徒を呼び出して教員室で諭すかのごとく、ゆっくりと落ち着いた口調で私に問いかけてきた。

なぜ、するか?

問われて改めて考えた。なぜと聞かれれば、まったくもって衝動的ないたずら心である。

まんまと相手がひっかかったら、さぞや愉快なことだろう。背中を向けてボーッと立っている人を見つけたら、誰だって膝カックンをしたくなるものなんじゃないでしょうか。

ちなみに私はあのいたずらに「膝カックン」という名前がついていることすら知らなかった。知っていたかもしれないが、すっかり忘れていた。

でも他人様の膝の裏を押し出したいという欲求については、幼い頃より七十にならんとする今に至るまで、たぶん忘れたことはない。背中を向けて立っている人がいたら、加えてその人が、そういういたずらを仕掛けても怒らなそうであれば、率先してやりたい衝動にかられる。