来る2023年、中公文庫は創刊50周年を迎えます。その記念プレ企画として、本連載では「50歳からのおすすめ本」を著名人の方に伺っていきます。「人生100年時代」において、50歳は折り返し地点。中公文庫も、次の50年へ――。50歳からの新たなスタートを支え、生き方のヒントをくれる一冊とは? 第26回は、評論家・川本三郎さんに伺います。

川本三郎(かわもと・さぶろう)

1944年、東京生まれ。東京大学法学部卒業。『週刊朝日』『朝日ジャーナル』の記者を経て、現在、評論家。『大正幻影』で91年サントリー学芸賞、『荷風と東京』で97年読売文学賞受賞。著書に『アカデミー賞』『銀幕の東京』『ハリウッドの神話学』『ハリウッドの黄金時代』『クレジットタイトルは最後まで』『映画の香り』『美しい映画になら微笑むがよい』『あの映画に、この鉄道』『『細雪』とその時代』など多数。近刊に『ひとり遊びぞ我はまされる』。

50歳を過ぎて、荷風が好きになった

再読からが本当の読書という。

野口冨士男(1911~93)は、永井荷風の『ぼく(サンズイに墨)東綺譚』、川端康成の『雪国』、そして志賀直哉の『暗夜行路』をそれぞれ、6、7回は読んでいるという。

それに倣えば、私は野口冨士男の『わが荷風』を繰返し読んでいる。

この本は1975年に集英社から出版され、その後、三度、文庫化されている。

1984年に中公文庫、2002年に講談社文芸文庫、そして、2012年に岩波現代文庫。名著であることが分かる。

野口冨士男は地味な純文学作家でベストセラーとは縁がないが、愛読者は多く、没後30年ほどになるのにいまも旧著が着実に復刊されている。

私が永井荷風を繰返し読むようになったのは50歳を過ぎた頃から。それまでも教養として読んではいたが、本当に好きになったのは50歳を過ぎてから。

というのも、荷風の文学は、近代日本の多くの作家が青春を描くことが多かったのに対し、荷風は、早くから自らを「老い」の位置に定め、そのことによって現実社会と極力関わらないようにしたから。老人文学である。今日、荷風が高齢の男性に圧倒的に人気があるのはそのため。