来る2023年、中公文庫は創刊50周年を迎えます。その記念企画として、本連載では〈中公文庫の顔〉ともいうべき作家が自身の著作について語ります。さらにイチ押しの中公文庫のおすすめも——。レジェンドが明かす創作秘話とは? 今回は、作家生活が60年を超える筒井康隆さんの登場です。

筒井康隆『残像に口紅を』の評判

「残像に口紅を」は、ずいぶん前に書いた本なのだが、テレビの読書番組やらSNSやらで取りあげられてリバイバルヒットした。そもそもが、一字ずつ文字が消えて行く中で話が進行するという無茶な設定の小説で、読んで血沸き肉踊るという種類のものではないから、それまでは単に後半のページが袋綴じになっていて、面白くなければ返品可能と言う触れ書きが売物だっただけの代物だったし、最近はそれもやめていたので、ファンの間で普通に売れている地味な本だったのだが、テレビやパソコンの力は恐ろしい、十何万部も売れた上に袋綴じまでリバイバル発売されるという騒ぎになってしまった。

書き始めたのが昭和六十年頃だからもう四十年も前になる。この小説の主人公がすでに中年男で、年頃の娘が三人もいるという設定なので、書いた時のわが年齢に近いということになる。つまりは四十歳代も後半の作品である。この時は息子の入学試験に夫婦でついて行き、新宿のリーガロイヤルホテルに宿泊していた。そこへ顔見知りの中央公論社・堀間善憲君がやってきた。本誌つまり「中央公論」に何か新しい連載を、という話だった。一階の喫茶室で珈琲を飲みながら相談したことを記憶している。さてどんな小説がよいかといろいろ相談し、当時はやたらに実験的な作品を書いていたので、ペレックでいこうということになった。ペレックはフランスの作家で当時は「E」という文字落しの作品で評判になっていた。長篇でありながらEという文字を一字も使わないで書くという芸当をやってのけた作家だ。勿論eも使わない。これがどれだけ凄いことかというと、フランス語でEとeは一番使用頻度の高い文字なので、これを使わないとほとんど文章が成り立たないというほどのものだ。ならばこちらは日本語で、かなの文字落しをやろうということになった。どんなことになるのかと堀間君はいささか不安げではあったが。

やはり最初は「あ」を消すことにした。あとは「ぱ」「せ」「ぬ」「ふ」と、あまり使わない文字から順に消していく。連載の第一回目、「愛」も「明日」も「アリバイ」もなく、「ラーメン」など「あ」の音引きもない「あ」の消えている最初の章を読んでいた堀間君は、「ああ」という感嘆詞が出てきたので飛びあがったそうだ。もともと「おお」と書いていたのだが、「ああ」が書き癖だったのでついうかうかと「ああ」に手直ししてしまったらしい。

当時、ワープロがどんどん進化していたので、最も新しい機種を購入し、書きはじめたものの、第二章の「ぱ」で早くも挫折した。消した文字の上に赤丸を張りつけて使わないようにするつもりだったのだが、「ぱ」というキイはないし、「は」を消せば「は」「ば」「ぱ」はすべて使えなくなってしまうのである。この後も濁音半濁音の処理には随分苦労をした。「消した音はキイの上に画鋲を逆さまに張りつけ、打てないようにしたため、間違えて打つものだから指先が血まみれになった」などというデマは、はてファンの連中が言い出したのか、それとも自分で広めたのだったろうか。

袋綴じ前の引きは主人公と、友人が留守中の友人宅でのその妻との性行為である。場面は官能性といい情感といい我ながらよくできていて、弟の妻がにこにこして褒めてくれたことを憶えている。

『残像に口紅を』
(1989年4月 中央公論社/1995年4月 中公文庫/2022年7月 新装版単行本 中央公論新社)

●内容紹介
「その残像に薄化粧を施し、唇に紅をさしてやろう」
文字がひとつずつ消えて行く世界。その文字の「音」が消えると、モノがなくなるだけでなく概念や記憶までもが喪われるなかで、主人公は意識野からうすれゆく娘の未だ見なかった装いを幻視し涙ぐむ——。
ひとつ、またひとつと言葉を失いながら、執筆し、飲食し、交情する小説家を描く、究極の実験的長篇。