イギリス在住のブレイディみかこさんが『婦人公論』で連載している好評エッセイ「転がる珠玉のように」。Webオリジナルでお送りする29.5回は「しゃもじとパン」。コロナ禍、ウクライナ問題、異常気象などが災いし物価高が止まらず、イギリス人の習慣が変えられてしまった――

デートの仕方も変容して

コスト・オブ・リヴィング・クライシス(生活費危機)。昨年からささやかれてきた言葉だが、ここのところ、新聞を開いてもテレビのニュース番組を見ても、この言葉を聞かない日はない。コロナ禍、ウクライナ問題、異常気象に加えて、英国ではEU離脱による人手不足も災いし、物価高が止まらない。

周囲にも節約を始めた人々が多く、たとえば昨今は、外で夕食を食べるときでも、午後6時前に予約を取る人が増えた。この時間だと、ぎりぎりでお手頃なコースメニューが食べられる店が多いからだ。

「でも、そんな時間に食べたら、夜中にお腹がすかない?」

最近は早めの時間にボーイフレンドとデートしているという友人に言うと、こんな答えが返ってきた。

「だから早寝するようになった。早めに食事をして早めに寝ると、翌日すっきりして気持ちいいし、体重も減った」

怪我の功名というか、倹約の功名というか、人間はどんな状況にもプラスの側面を見出して適応できるものなんだと感心する。が、問題はいったん家に帰ってデート用の服に着替えてメイクをやり直したりできなくなったことだという。

「5時半に予約入れると、職場から直行になるでしょ。自宅勤務の日ならいいけど、そうじゃない日は髪をとかす暇もない」

友人は不平そうに言った。むかし、英国に初めて来たとき、この国の人たちは夜に出かけるとき、職場から直行するのではなく、いったん帰宅しておしゃれしてから出直すのだと知って新鮮な驚きを覚えたことを思い出す。しかし、コスト・オブ・リヴィング・クライシスはこの習慣さえ変えそうだ。