『婦人公論』2021年7月13日号から連載がはじまった、重松清さんの小説『うつせみ八景』。
発売中の最新号を除く全編を掲載します。

「前回までのあらすじ」

空き家のメンテナンス業に携わる水原孝夫。妻の美沙は毎週金曜日にマダム・みちるのお茶会に通っていたが、『みちるの館』がレンタル空き家だったと知り落胆する。みちるの正体が隣駅に住む元・魚屋のおかみだと知った息子・研造(ケンゾー)は、執事役を務めていたジンボとカエデに呼び出され、洋館が取り壊されることになったと聞く

「著者プロフィール」

重松清 しげまつ・きよし

1963年岡山県生まれ。99年『ナイフ』で坪田譲治文学賞、同年『エイジ』で山本周五郎賞、2001年『ビタミンF』で直木賞、10年『十字架』で吉川英治文学賞、14年『ゼツメツ少年』で毎日出版文化賞を受賞。近刊に『ひこばえ』『ハレルヤ!』など。20年7月に『ステップ』が映画化された(飯塚健監督・山田孝之主演)

第七景

「空き家だョ、全員集合!(1)」

 週が明けた。
 月曜日の午後、美沙はマダム・みちるから、今週のお茶会を休みにさせてほしいとの連絡を受けた。
 体調をくずしてしまった、という。実際、美沙が電話で聞いた声も元気がなく、用件を伝えるだけでもキツそうだったらしい。
「お茶会って、みちるさんにとっては生きがいでしょう? それを休むのって、よっぽどのことだと思うのよ」
 美沙は、帰宅した孝夫に心配そうに言った。
「まあ、季節の変わり目だからなあ」
 孝夫は相槌を打って、夕食を温め直す美沙を制した。
「悪い……晩メシ、外で食ってきたんだ」
「そうなの?」
「仕事のあと、会社の若い連中とラーメンを食って帰る流れになっちゃって」
 正確に言えば同僚ではない。今週のお茶会が中止になったことも、じつはすでに──美沙がみちるさんの電話を受ける前に知っていた。金曜日の『みちるの館』のレンタル予約は、週末のうちにキャンセルされていたのだ。
「だったら帰る前に連絡してくれればいいのに」
「いや、六時前にメッセージを送ったんだけど」
「え? ほんと?」
 美沙はあわててスマホを探したが、手元にはなかった。「あ、そっか、置きっぱなしだったんだ」とつぶやいて寝室に向かい、決まり悪そうにリビングに戻ってきた。
「ごめん、夕方にちょっとだけのつもりでベッドで横になったら、そのまま寝ちゃって……」
 一時間ほど前に目を覚まし、あわてて夕食の支度を終えたのだという。
「今日はケンちゃんも帰りが遅いから、気がゆるんじゃったのかもね」
 それだけではないだろう、と孝夫は思う。だからこそあえて「そうだな」と当たり障りなく応えた。
 前の前の日曜日──横浜の実家で『みちるの館』の正体を知って以来、みちるさんをめぐるアレやコレやで、美沙はずっと落ち込んでいる。
 前々回のお茶会は、出席したものの、ぐったりと疲れてしまった。前回は仮病を使って休んだ。そして今回は、みちるさんのほうからキャンセル……。
「正直、今週はどうしようか迷ってたのよ」
 先週の仮病は、もちろん、みちるさんにはバレていない。だが、それがかえって美沙自身の重荷になってしまった。みちるさんの顔をまともに見られない。なにを話せばいいかわからない。いっそ今週も続けて休んでしまったほうが……いや、でも、そうなると来週はさらに行きづらくなってしまって……そのまま、ずるずる、ということも……。