イギリス在住のブレイディみかこさんが『婦人公論』で連載している好評エッセイ「転がる珠玉のように」。今回は「リズたちのはなし」。英国のエリザベス女王が亡くなった。近所に住むおじいさんの亡くなった飼い猫もまた同名で長寿を全うし、生前は女優猫と呼ばれていた――(絵=平松麻)

エリザベスからもう一人のエリザベスへ

英国のエリザベス女王が亡くなった。 

「ひとつの時代が完全に終わったって感じだな」

連合いはそう言っていた。とくに王室好きでもない(どちらかと言えば、嫌いな)人がそういうことを言うのだから、英国の人々が先を争うようにして喪に服しているのも不思議ではないだろう。

王室制度についてどう思うか、ということは脇に置いても、エリザベス女王という個人について敬意を表したい人は多い。息子たちの世代はそうでもないが、年齢が上にいくほどそうだ。とにかく在位期間が長かったから、ずっとそこにいるものと思っていた人たちも多い。だから、亡くなったことに衝撃を受けたという声をたくさん聞いた。

個人的には、亡くなる2日前に新首相の任命を行っていたという事実に凄絶なものを感じた。杖をついて、しゃきっと一人で立ち、笑顔で新首相と言葉を交わしていた。が、よく見ると、女王の右手の甲には黒いあざが広がっている。ここから点滴を入れ続けながら、新首相の任命が終わるまではと踏みこたえたのだろうか。この気合いというか執念は、やはり尋常ではない。

実は、新首相のリズ・トラの「リズ」は「エリザベス」を短縮した呼称だ。だから、女王の最後の仕事になった新首相の任命は、エリザベスたちの邂逅とも言われた。わたしが1980年代に初めてこの国に来たときに驚いたことの一つは、公式の場で女性が男性の一歩後ろを歩いていないということだった。というか、英国ではそれが完全に裏返っていた。女王は常に夫のフィリップ殿下の一歩前を歩いていたし、サッチャー元首相もぞろぞろ男性官僚や議員を従えて先頭を歩いていた。こういう写真や映像を見て育つ人は、日本で育つ人とは違うマインドセットを持つようになるだろうと思った。

このマインドセットも、あの任命式で、エリザベスからもう一人のエリザベスへと引き継がれたということだろう。