家の前に置かれた日用品や食品の数々

もともと英国では、大掃除の季節(英国では春だ)になると、不要になった家具や装飾品を家の前庭や歩道に並べて、「どうぞご自由にお持ち帰りください」と書いた紙を貼っておく古い習慣がある。それがいまは、家具や装飾品だけでなく、服や玩具、絵本や缶詰や食器など、生活必需品が並べられている。物価高と光熱費の高騰で暮らしに困る人々が増え、誰ともなしに家の前に不要なものを並べるようになったのだ。

おじいさんの家の前にも、キャットフードの缶詰や猫の玩具、猫のベッド、キャットタワーなどがずらりと並んでいた。さすがは女優猫、セレブな暮らしをしていたのだなと感心するような猫用品の数だった。が、それらと一緒に、さりげなく人間用の缶詰や冬のコートも置かれていた。必要とする人が持って帰れるようにである。

バッキンガム宮殿やウィンザー城やバルモラル城の前に置かれた花束の数が増えるように、わたしたちのストリートの家々の前に置かれた日用品や食品の数も増え続ける。

女王に捧げる花束を買う人があまりに多くて、売り切れになる花屋さんも出てきたらしい。だけど、ストリートに並ぶ物品は切れることがない。後から後から出てくる。どこかの家の前のものがなくなったら、今度は隣の家から出てくる。そこもなくなったら、また違う家から出てくる。

互いの生命をつなぐ相互扶助の精神に、わたしは時おりストリートで立ち止まる。そして一礼したくなるのだ。長い生を終えた一人の女性の棺に頭を垂れる人々と同じように。