来る2023年、中公文庫は創刊50周年を迎えます。その記念プレ企画として、本連載では「50歳からのおすすめ本」を著名人の方に伺っていきます。「人生100年時代」において、50歳は折り返し地点。中公文庫も、次の50年へ――。50歳からの新たなスタートを支え、生き方のヒントをくれる一冊とは? 第29回は、サイエンス作家の竹内薫さんに伺います。

竹内薫(たけうち・かおる)

1960年東京都生まれ。サイエンス作家、理学博士。東京大学教養学部、同理学部を卒業。カナダ・マギル大学大学院博士課程修了(高エネルギー物理学専攻)。科学や数学の案内人として活躍。主な著書に『99・9%は仮説』『数学×思考=ざっくりと』ほか多数、訳書にヘンリー・ジー著『超圧縮 地球生物全史』など。現在、国語・英語・プログラミング言語のトライリンガル教育に力を入れる〈YESインターナショナルスクール〉校長を務める。

子供の「初めて」はいつも冒険

私事で恐縮だが55歳になって、いきなり幼児・学童教育の世界に足を踏み込んだ。なぜそんなことになったのかと言えば、当時、年中児だった娘の小学校を探していて、どうにも自分の教育の理想に合った学校が見つからなかったからだ。そこで、小さなフリースクールを始め、いまでは全校生徒40名くらいになった(それでも普通の学校の一クラスくらいの人数)。

学校のことはさておき、個人的に大きく変わったのが、自分の読書傾向である。それまでは、どうしても宇宙論、数学、哲学など、自分の得意分野の本を読むことが多かった。ところが、学校を始めてからは、本を選ぶときの基準が「学童目線」に変わったのである。どんな本を読んでいても、
「この本は小4くらいから読めるから学校の本棚に置いておくか」
「漢字や専門用語が難しすぎて、小学生では読めないなぁ」
などと考えるようになった。

すると、それまで完全に忘れていたのに、自分が小学生の頃に読んだ本を本棚から引っ張り出して読むようになった。

たとえば、アメリカの作家ベバリイ・クリアリーの『がんばれヘンリーくん』。主人公のヘンリーはいたって普通の小学生。そんなヘンリーが、偶然、痩せ細ってみすぼらしい犬を見つけて、家に連れて帰ることになる。しかし、バスに乗らないといけないので、何度もトラブルに遭遇し……、大人から見れば他愛もないエピソードかもしれないが、再読して、私は著者の学童に対する深い愛情に気づいた。ストーリーの中に冒険、愛情、不可解な大人の事情などがうまく描かれており、しかも読者(おそらく大半は小学生)が感情移入できる工夫が凝らしてある。

イギリスの作家アーサー・ランサムの『ツバメ号とアマゾン号』は、一風変わった「ヨット冒険譚」である。子供たちが小さなヨットで冒険するという状況は、日本では想像しがたく、私も小学生の頃、
「自然に囲まれた、こんな自由な世界に住みたいなぁ」
と、憧れた覚えがある。

最近、気づいたのだが、大人が寄り添っていないとき、小学生くらいの子供は、常に「冒険状態」にある。特に、これまで一人でやったことのないことは、すべてがスリルに満ちている。ヨットで湖を渡るのは大冒険だが、一度も行ったことのない場所へ電車を乗り継いで行くことだって、子供にとっては冒険かもしれない。

ちなみに、このツバメ号のお話も、シリーズで楽しめる。