
イギリス在住のブレイディみかこさんが『婦人公論』で連載している好評エッセイ「転がる珠玉のように」。Webオリジナルでお送りする30.5回は「ほろ酔いの人たち」。朝8時に、福岡の実家からスカイプに着信が。画面に映る父と妹、そして実家を訪れている叔父は全員ほろ酔いの様子で――
スマホのスクリーンに現れた叔父
「いよーーーっ」と言って顔を真っ赤にした叔父がスマホのスクリーンに現れた。
「なん、もしかして飲みようと?」
「おおー。もちろんたい」
叔父が透明な液体が入ったグラスを掲げてこちらに見せる。
「もう一杯、どげんですか」
どぼどぼ酒を注ぐ親父のセーターの腕がスクリーン前方を数秒間ふさぐ。
「おいちゃん、そろそろお寿司、食べる?」
脇から妹の声も聞こえた。
「いやー、おいちゃん、もう、お腹いっぱい」
そう言って、叔父が狸の置き物みたいに膨れたお腹をぱんぱん叩く。ここ数日、実家で起きたことを考えれば、拍子抜けするほど明るい居間の風景である。
「よかねー、酒が飲めて。こっちゃ禁酒2週間目に入ったばっかりばい」
指で眼鏡を押し上げながらそう言うわたしの顔がスクリーンの右上に小さく映っている。
「なんでや?」
「いや、なんか高血圧で飲んだらいかんって医者に言われたらしいとです」
わたしの代わりに親父が答えた。
「……なんや、おまえ、高血圧なんか?」
「うん。やけん、酒やめとうと。いま、あたしが死んだら、けっこう大変かなと思って」
「うん、そりゃ大変と思う」
そう言いながら、叔父のお吸い物を持ってきた妹の腕がまた数秒間スクリーンをふさぐ。