来る2023年、中公文庫は創刊50周年を迎えます。その記念プレ企画として、本連載では「50歳からのおすすめ本」を著名人の方に伺っていきます。「人生100年時代」において、50歳は折り返し地点。中公文庫も、次の50年へ――。50歳からの新たなスタートを支え、生き方のヒントをくれる一冊とは? 第30回は、作家・エッセイストの平松洋子さんに伺います。

平松洋子(ひらまつ・ようこ)

1958年、岡山県倉敷市生まれ。東京女子大学文理学部社会学科卒業。食文化と暮らしをテーマに取材し執筆活動を行う。2006年『買えない味』で第16回Bunkamuraドゥマゴ文学賞。12年『野蛮な読書』で第28回講談社エッセイ賞、22年『父のビスコ』で第73回読売文学賞を受賞。近刊に『パセリカレーの立ち話』。

久しぶりに読み返した本に虚を衝かれる

つい先日、「江東区深川江戸資料館」に寄った。深川の芭蕉記念館を訪ねたあと、ついでに足を伸ばす気になったのである。ここには、江戸時代が終わろうとする天保期、深川の家並みや庶民の生活ぶりが忠実に再現されている。

一軒ずつ長屋を巡ったり、路地裏を歩いていると、郷愁や充足が押し寄せてきて離れがたい。20数年前に訪れたときにはなかった感情で、少し動揺した。

年齢を重ねると、見たもの、聞いたものが以前とは違う色合いを帯びて現れることしばしばである。とりわけ、久しぶりに読み返した本に虚を衝かれることが多い。こんな大事な言葉があった、この一行を読み逃していた……うかつな自分に苦笑したり焦ったり、ページをめくる指がもつれたりする。

行間から立ち上がる切れ味

『なめくじ艦隊』も、私にとってそんな本のひとつだ。五代目古今亭志ん生の自伝的芸談ともいうべき一冊で、神田生まれの出自に始まり、戦前・戦中・戦後の暮らしぶりから落語家とその周辺まで、縦横無尽に語り尽くす。

30年近く前に読み、それから数度読み返しているが、数年前、ふと気が向いて書棚から取り出したことがある。あらためて読むと、陰影や埃や匂いが行間から複雑に立ち上がってきて、恐ろしげな切れ味が迫ってきたから、ぞくっとした。

ちょっと待った、と、自分にツッコミを入れる。『なめくじ艦隊』は、自分が知っていた(読んでいた)のとは違う本じゃないか?