「前回までのあらすじ」
空き家のメンテナンス業に携わる水原孝夫。妻・美沙がお茶会に通っていた『みちるの館』が取り壊されるとわかり、救済策を練るため集まった10人。美沙がクラウドファンディングでの資金集めを提案すると、空間リノベーター・石神井晃は『B級アイドルの館』にしようと発案。戦隊ヒーロー出身の息子・研造(ケンゾー)は困惑するばかりで――
「著者プロフィール」
重松清 しげまつ・きよし
1963年岡山県生まれ。99年『ナイフ』で坪田譲治文学賞、同年『エイジ』で山本周五郎賞、2001年『ビタミンF』で直木賞、10年『十字架』で吉川英治文学賞、14年『ゼツメツ少年』で毎日出版文化賞を受賞。近刊に『ひこばえ』『ハレルヤ!』など。20年7月に『ステップ』が映画化された(飯塚健監督・山田孝之主演)
第七景
「空き家だョ、全員集合!(3)」
6
石神井晃は、『B級アイドルに会える館』の名前もその場で決めた。売れなくなった元アイドルだけではなく、事件や不祥事で表舞台から消えた芸能人全般へと、世界観もグッと広げた。
『流星たちの館』──光り輝きつづける星にはなりそこねても、束の間とはいえ忘れがたい光芒を放った芸能人を、流星に重ねたのだ。
「ポイントは『忘れがたい』というところです。つまり名前を聞いたらすぐに、ああ、あの……と思いだせるかどうか」
「一発屋」や「消えた」とは、決して揶揄の言葉ではない。一発屋の陰には不発の連中が死屍累々だし、もともとの存在感が弱い芸能人は、消えたことにすら気づいてもらえない。
「流星になるのも、それはそれで大変なんですよ」
笑顔で一同を見回した石神井は、ケンゾーに「きみは、自分が流星だという自信はあるかい?」
と笑って訊いた。答えは最初からわかっている、という笑顔とまなざしだった。
ケンゾーは目を伏せた。あっさりと負けを認めた。代わりに美沙が憤然と「そんなのあたりまえじゃない、そもそも消えてなんかないんだから」と言い返したが、むしろ逆効果──詮無さがつのるだけで、追っかけセブンでさえ援護射撃ができなかった。
「いずれにしても、これはいけると思います」
ポイントは、生活感ゼロではないところ──。
「洋館は確かにお洒落です。そこいらの一戸建てには出せない雰囲気があります。その一方で、もともとは個人住宅ですから、オーナーさんの生活の痕跡もうっすら残っています。つまり、ホームパーティー感覚ですね。そこに若い頃の憧れだった芸能人がいる、というのがいいんですよ」
なるほど、と孝夫はうなずいた。理屈はわかる。
しかし、頭では納得していても、腑に落ちない。胸の奥でざらついたものがひっかかってしまう。
「では、物件の購入のほうはこちらで進めます。洋館はしっかり残りますから、ご安心を」
石神井は席を立った。マッチに「あとはよろしく」とひと声かけて広間を出ようとするのを──。
「ちょっと待って!」
女性四人の声が同時に響いた。
一人は美沙で、三人は追っかけセブンだった。
石神井が足を止めて振り向くと、四人はお互いに目で順番を譲り合って、最初に美沙が言った。
「みちるさんはどうなるんですか?」
そもそもの出発点は、みちるさんのために洋館を残せないか、ということだったのだ。
「はっきり言って、芸能人とか流星とか、どうでもいいです。マンションにならずにすんだのはうれしいし、それはまあ、感謝もしてるけど、みちるさんがお茶会を開けないんだったら意味ないじゃないですか。そこはどうなんですか?」
言葉はそれなりに丁寧でも、口調には怒気がにじむ。
だが、石神井は眉一つ動かさない。美沙の話が終わるとすぐさま追っかけセブンに目を移し、「そちらの話もうかがいましょうか」と手でうながした。肩透かしを食った美沙が「ちょっと──」
と声をあげても、「まとめてお答えしますから」と取り合わない。
